第3話 トウキョ様を祓え!
空が赤く染まる夕方。なんとなく嫌な感じの夕日だ。
面倒な事態になった。僕は倉元さんが乗る自転車を後ろから追う。倉元さんの自転車速いな!? 僕が乗ってる自転車より良いやつなのか? 運動能力の差か?
「帝くん。ついてきてる!?」
前を走る倉元さんが不安そうに叫ぶ。大丈夫! なんとかついていってるよ。僕も全速力だ。彼女の家が黒いものに覆われていると言われて、僕も結構焦ってる。どうやら彼女の母親が今、家の中に居るとのこと。窓の外が黒い何かで見えず、扉も開かないようだ。そして、電話は途中で切れてしまったという。霊の影響だろう。霊によっては近くの電波に影響を与えたりもするのだ。倉元さんの家族が無事でいると良いが。怪異に人がやられるのは良い気がしないもの。
「倉元さんの家まであとどれくらい!?」
「もうすぐよ!」
なるほど、もうすぐか。了解! 部室で待機している部長やあんどーを早く安心させてやるためにも、事件は無事に解決してみせる!
角を曲がったところで、明らかに異常な建物が見えてきた。一軒家の屋根や壁を覆うように黒いものが伸びている。それは生々しく感じられて、血管のような印象も受ける。うえぇ……きもちわりぃ……。
異常な家の前には人だかりができていた。自転車を近くに停めたのは良いけど、人だかりが邪魔だ。彼らの叫ぶ声が耳に届く。
「壁の血管に触れるなぁ!」
「触れたやつが倒れた! やべーぞ!」
「救急車! 救急車呼んで!」
誰かが、うかつに怪異へ触れたか。馬鹿野郎。僕が怪異を祓えば呪いの影響はいくらか弱まるだろうけど。ほんと、これだから怪異は嫌いなんだ。
鞄から許可証を取り出し、腕を伸ばす。写真写りばっちりの怪異祓い許可証だ。こういう状況では役に立つ頼もしい許可証だよ!
「どうか通してください! 僕は怪異祓い! 祓い人です! 許可証もあります!」
「あなた怪異鑑定人なんじゃないの!?」
「祓い人でもある! 鑑定人とは兼任さ!」
僕と倉元さんとで叫びあいながら人だかりを無理やりかき分け、進む。どいてくれ! どいてくれ! こっちは急いでるんだ!
人だかりを抜け、家の玄関前へ。右へ進めば庭のようだ。庭には配達員と思わしき男が倒れている。彼の体には黒い毛が伸びていた。急ぎ、僕はカメラを構える。片手に許可証を持っていてもシャッターを押すのに支障はない。くらえ!
赤い空の下でフラッシュがたかれる。シャッター音が鳴って、配達員にまとわりついていた黒い毛が破裂、消滅した。彼の周囲に伸びていた髪の毛も、光に驚いたように縮んでいく。ダメージが効いてるな? なら苦しむだけ苦しんでもらうぞ。そして祓う。人間に手を出した時点で悪霊だ。悪霊は明確に祓われるべき存在だ。悪霊祓うべし。慈悲はない。
連続でシャッターを押す。シャッター音が鳴る度に辺りに伸びていた髪が破裂して消滅する。派手に散りやがれ。待ってろ。すぐに本体のところまで行ってやる。
「倉元さん! 何度も言うけど! トウキョ様の髪には絶対に触れないで!」
「分かってる! 私は何をするべきかしら!?」
「とりあえず、そこに待機。救急車が来たら救急隊の人に状況を説明してほしい!」
「り、了解よ!」
家の扉の向こうから女性の声がするけど、無視!
今は悪霊を祓うのが優先だ。
倉元さんはこんな状況でも冷静でいてくれる。助かるぜ。彼女はすぐにでも家族の安否を確認したいだろうに……でも今は被害が広がらないように、トウキョ様を祓うことを優先するべきだ。うぅー焦るなぁ!
焦りながらも、お祓いは冷静に進めていく。僕は許可証を仕舞いながらシャッターを押し、その度にトウキョ様の霊体を少しづつ削っていく。そうして前進! 冷静に相手をすれば祓える怪異だ。雑に動くんじゃないぞ。冷静に動け、僕。
倉元さんの家に到着してから、今まで数分。僕は倉の前までやって来た。倉の方は家よりもひどい状況だ。漆喰塗りの壁はほとんどが毛で覆われて、黒い部分が圧倒的に多い。うええぇ……気持ち悪い……えんがちょ! えんがちょー!
「やってや――るぇ!?」
壁を覆う黒いものが散らばりながら猛スピードで僕へ迫る! それはまるで拡散弾の軌跡のよう。僕の体は反射的に動いた。シャッターを左にスライドして長押し! 自慢の高速連写モードだ!
「バーストモードォ!」
何度も、シャッター音が鳴り続ける。連続で撮影された黒いものは次々に消滅していく。怪異と僕との攻撃の押し合い。それは、一分にも満たない攻防だった。その結果……攻撃の押し合いに勝ったのは僕! これまでに何度も怪異相手に修羅場は潜ってきたんだ。呪い殺せるものなら、呪い殺してみろってものだ!
今の攻防で倉から伸びていた霊体のほとんどは祓うことができた。倉の中へ乗り込むなら、今だ! ここまで追い込んでも数分間放置すれば、今削ったくらいのダメージは回復される。だから、すぐに乗り込まなくちゃいけない。こういう状況では決断力が物を言う。やるぜやるぜ。決断力には自信があるぜ!
扉に張り付いていた霊体を祓い、倉の中へ突入!
倉の中にカメラのフラッシュが連続で走る。ダンボールだらけの倉庫内。そこに、トウキョ様の本体が居た。見るもおぞましい姿、と形容するべきか。僕はもう慣れてしまったのだけれど、霊というものは恐ろしい姿であることが多い。
トウキョ様は痩せ細った子供のような体に、不釣り合いなほど大きな頭をしていた。幼い子が描いたバランスのおかしい落書きみたい。大きな頭は水を吸って膨れたような、水死体を思わせる。頭部からは無数の細長いものが伸び、それらは脈打っている。今この時も僕のカメラでダメージを与えているのに、なかなか倒しきれない。かなりの頑丈さだね。感心するよ。
「だがぁ! 多少硬かろうが無意味ぃ!」
毛の防御を失い、建物の守りもない。丸裸のような状態で僕の攻撃に耐えられるものかよ。今がお前の滅する時だ。怪異を祓うのは良い気分だぜ!
カメラで撮影される度にトウキョ様の体が弾けて、バラバラになっていく。トウキョ様が細い手を僕へと伸ばそうとした。それは僕を殺そうと思ってのものか、慈悲を求めているのか。知ったことではない。容赦なんてするか。潔く消え去れ。消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろぉ!
撮影し続け、そうしてようやく、怪異は祓われた。トウキョ様の姿は消えて、気配もない。カメラが止まる。確認。カメラのデータ容量がいっぱいになっていた。これも結構古いデジカメだからねえ。今のカメラと比べると色々性能は古い。とはいえ霊を祓う能力はこのカメラのオンリーワンな力だ。
少しの間、不意打ちを警戒しながらトウキョ様が完全に祓われたことを確認……どうやら安全なようで安心できた。だけれど、まだやることは残ってる。倉元さんの家族のことを確認しないと。どうか無事であってほしい。
急いで倉元さんの元へ戻る。彼女に倉のトウキョ様を祓ったことを伝える。丁度、救急車やパトカーが到着したみたいだ。呪いを受けた配達員のことも気になるけど、今は倉元さんの家族の方を優先。彼のことは救急隊に任せる。僕と倉元さんは急いで家の扉へ。
「倉元さん、鍵あるよね?」
「ええ、もちろん。家の中に入るわよ」
「トウキョ様は祓ったけど、念のため気を付けて」
倉元さんは頷き、扉を開けた。そこには、明らかに困っている様子の女性が立っていた。状況から考えて倉元さんの家族かな。ひとまず無事なようで良かった。
「お母さん!」
「あらあら、あらあら? 外はもう大丈夫なの? 私ってばこういう状況でどうするべきか、全く分からないから」
「お母さんが無事で良かった! 心配したのよ!」
「あなたたちが助けてくれたのかしら。ありがとうねえ。自慢の子たちだわ」
倉元さんのお母さんが無事で良かった。ならば、あとのことは救急隊や警官に任せよう。今回の事件で僕がやるべきことは終わりだね。ふぅー今日は疲れたよ。
ふと気付くと倉元さんが僕に真剣な眼差しを向けていた。何か、重大なことを決心したみたいに。君は、何を考えているのかな?
あまり良い予感がしないよ?
次の更新予定
怪異鑑定クラブ あげあげぱん @ageage2023
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