第2話 倉に伸びる、黒く細長いもの

 部室に入ってきた男子は僕の友人。名を安藤落という。僕はあんどーって呼んでるよ。さてさて、彼はいったいどんな仕事を持ってきたのかな。霊を祓う仕事なら大歓迎だ。


「お祓いの仕事を持ってきたのかい。あんどー」

「お祓いが必要かどうかは、お前の鑑定次第だな」

「なるほど?」


 僕とあんどーが話し合っていると、彼の背後から女の子が頭を出した。女の子は小柄というわけではないのだけど、あんどーが大柄だから、彼の後ろにほとんど隠れてしまっている。あんどーでかすぎる。なんて思っていると、あんどーは部屋の隅へと移動した。これで女の子が話しやすくなった。


「えっと。話に入っても良いかしら。怪異の鑑定ができる人に相談があるのだけれど」

「どうぞどうぞ。僕がその鑑定の出来る人間だ。ま、適当な席に座って」

「おじゃまするわよ」


 席に着いた女の子は、長い黒髪が似合う正統派の美人さん。綺麗だねえ。ん、なんで部長はこっちに牽制するような視線を向けているのさ? ここまでの話からして彼女は仕事の依頼人だろ?


 女の子は緊張したように当たりを見回してから、僕と目を合わせる。僕が微笑むと彼女も同じように微笑んだ。笑顔が似合う美人さんだねえ。素敵だ。


「あなたが鑑定人かしら?」

「その通り。怪異鑑定人の帝英二です。よろしくね」

「ええ、よろしく。二組の倉元よ。まず、うちの倉を撮った写真をみてもらえないかしら」

「拝見しようか」


 挨拶もそこそこに早速仕事の話になる。倉元さんはスマホをとりだし、僕に何枚かの写真を見せてくれた。漆喰塗りの古そうな倉の写真。その倉の壁にツタのように伸びる黒く細長い何か。細長い何かは倉の扉や隙間から外へ伸びているようだ。それは黒く変色した毛細血管みたいで、なんとも気味が悪いねえ。


 ひとまずスマホを倉元さんに返す。写真で得られるだけの情報でも、だいたいの見当はつく。


「これは……怪異の仕業だねえ」


 僕の呟きに反応するみたいに、倉元さんの方眉がピクリと動いた。怪異の仕業だと分かって、ほんの少しだけ不安がやわらいだのかな。それでも完全には安心できていないという感じ。まあ、問題が解決した訳じゃないからね。そりゃ不安でしょうよ。僕だって彼女の立場なら、きっと不安になる。


「やっぱり怪異の仕業なのね?」

「十中八九。僕の予想が正しければ、怪異の正体はなかなか厄介なやつだ。でも、お祓いは可能だと思うよ」

「怪異の正体も分かるの? ぜひ知りたいわ!」


 倉元さんは身を乗りだして僕に答えを迫ってくる。お、思ったよりも厚が強い子なのかな? 答えるのは構わないけど、その前に確認しておかないと、いけないことがある。僕も仕事でやってるからね。そこは、ちゃんとやらせてもらうよ。


「倉元さん、まずは落ち着いて」

「え、ええ。分かったわ」

「僕も仕事でやってるからさ。ここから先はお金をもらうよ」

「おいくらになるのかしら?」

「現場での鑑定料は一万円もらうよ。お祓いをするかどうかはそちらの判断になるけど、追加で料金をとることはしない。一万円で鑑定からお祓いまで、やらせてもらいます。そちらの判断によっては、お祓いはしないっていうのもアリ」


 そこまでの説明を聞いて倉元さんはちょっと悩んでいるみたい。ま、一万円は悩むよね。僕も万札を使う時は悩むもの。

 

「なるほどね。一万円……安くはならないの?」

「僕が相手にするのは霊だからね。まけるわけにはいかない。時には文字通り命を賭けることもある。それに、他の鑑定人と比べれば一万円は安いよ。調べてもらっても良い」

「あなたを疑ってはいないわ。ただ、一万円は私にとっては悩む額だから」

「そうだね。しっかり悩んで、依頼を受けるか決めてほしい」

「ちょっと家に電話させてもらっても良いかしら? 時間はあまりかからないと思うから」


 僕が頷くと、倉元さんは席を立つ。彼女は部室を出て、扉を閉めた。たぶん、外で電話をしているんだろうね。よくは聞き取れないけど、部室の外で何か会話をしている気配はある。僕としては、あの写真に写るものは専門家が対処した方が良い。心配では、あるんだよ。


 やがて、倉元さんは部室に戻ってきた。彼女は扉を閉めて、席に着く。スマホが彼女の前に置かれる。彼女は何かを決意したような表情をしていた。キリッとした良い表情だ。好きだよ。そういうの。


「家族と話して、決めたわ。あなたに現場での鑑定を依頼します。場合によってはお祓いまで、お願いね。支払いは先払い?」

「先払いが望ましいけど、後払いでも構わないよ。金額は一万円きっちりともらうけど支払い期限は、いくらか待てる」

「ふぅん。ずいぶん親切なのね?」

「支払いを踏み倒そうってやつからは、あんどーが取り立てる。そういうお金のことは、あんどーに任せておけば安心ってわけ」


 僕があんどーに視線を向けると、彼は肩をすくめた。頼もしいやつだよ。ほんと。

 

「じゃ、明日の放課後に鑑定料を支払うわ。現場での鑑定はいつから始められるのかしら?」

「おっけー。僕は明日から現場に向かえるよ。それで良いかい?」


 怪異絡みの案件はできるだけ速く解決してしまうべきだと思う。倉元さんは頷いてくれた。


「ええ。明日、問題の倉まで案内するわ」

「決まりだね。じゃあ、本格的な鑑定は明日から始めよう。それと……」


 念のために忠告しておくべきことがある。万が一なんてことはあるからね。お金をもらう以上、倉元さんはお客様だもの。責任感も増すってものさ。


「あの写真の……倉庫に伸びていた黒く細長いものがあるでしょ。あれは絶対に触っちゃダメだよ。触ってないよね?」


 僕の問いに倉元さんは力強く頷いた。そうでないとね。面倒なことになる。


「私も、家族も……あの黒いものが見えてはいるの。気味が悪くて、誰も触れてはいないはずよ」

「うん、何度も言うけど、絶対あれに触れてはいけない。あれは霊体から伸びる髪だろう。触れれば呪われる可能性が高い」

「だろうとか、可能性が高いとか、はっきりしない言い方なのね」

「まだ、はっきりしたことは現場で調べてみないと言えないかな。でも、きっとあの細長いものは振れちゃ駄目だ。呪われたくないなら、近寄らないでね」

「何度も言うくらい大事なことなのね。ええ、その忠告に従うわ」


 忠告を守ってもらえるようで良かった。しつこいくらいに繰り返した甲斐があるというものだよ。


「これも予想なんだけど、あの怪異についてもう少し僕の考えを伝えておこう」

「ええ、聞かせて」

「今回の怪奇現象はトウキョ様の仕業だ」

「トウキョ様……?」


 倉元さんはピンと来ていない様子。まあ、怪異に詳しくなければ、知らなくてもおかしくないか。


「トウキョ様っていうのは、この辺の土地に伝わる怪異なんだ。長い髪を周囲に伸ばして、髪に触れた相手を呪う。そうして呪った相手から生命力を奪うんだ」


 倉元さんの眉が不安そうな形になった。そんな危ないものが、うちの倉に伸びていると知れば不安にもなるだろう。僕だって彼女の立場なら嫌な気分になるはずだ。


「あの、生命力を奪うって……具体的にはどうなるの?」

「気分の悪くなる話かもしれないけど、聞く?」

「ここまで話して、聞かないなんて無いと思うのだけれど」

「それもそうだ……分かった。話そう。トウキョ様の髪に触れると高熱にうなされることになる。すぐに意識を失い、場合によっては死ぬ。うなされている間、体中の血管が黒く変色する。正直、かなりグロいよ」


 その説明を聞いて倉元さんは気分の悪そうな顔をしている。ごめんね。でも一応、詳しく聞くかどうかは確認した。恨まないでくれよ。


 その時、倉元さんのスマホが振動を始めた。倉元さんがこちらを見て、すぐに席を立つ。彼女は扉の外に出る。直後、彼女の驚いたような声が響いた。嫌な予感がするな。


 勢いよく扉が開き、倉元さんが焦っていることは彼女の顔を見ればすぐに分かった。

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