怪異鑑定クラブ

あげあげぱん

第1話 部室のくねくね

「ここに居るのは座敷童子だよ。悪い霊じゃない」


 僕は茶道部の女子に、部室の霊の正体を伝えた。すると彼女は、ほっとしたような顔をして僕に礼を言う。感謝されるのは気分が良いね。


「君が望むなら祓うこともできるけど。どうする? お祓いはサービスだよ」


 茶道部の子はぶんぶんと首を振って「それは必要ないよ」と慌てていた。まあ、座敷童子が居ると知って、わざわざ祓おうと思う人間は稀だろう。この怪異は人に幸福を与えることで有名だもの。彼女が望むなら祓いたかったけど……残念。


「じゃ、これで僕の仕事は終わり。また何かあったら呼んでよ」

「ありがとうございました。帝先輩……その……もしこれから暇があるなら二人きりで、私から、お礼をしたいなって思うのですが……」


 彼女の表情からは単にお礼をしたいという以上の意図が感じられた。もっと言ってしまえば恋愛感情を抱かれているようだ。気持ちは嬉しいけど、困るなあ。

 

「気持ちは貰っておくよ。怪異の鑑定料も貰うね。でも僕はオカルト部の活動も兼任してるから。ごめんね。興味があればいつでもオカルト部まで遊びに来てよ。うちの部長も歓迎するはずさ」

「そう……ですか……」


 彼女は残念そう表情になる。それからすぐ彼女は寂しそうな顔で「また何かあればお願いします」と言った。そうだね。怪異絡みのことであれば、いつでも呼んでほしい。彼女は整った顔をした子で性格も良さそう。だから、もったいないことをしたかもなあ、なんて思ったり。でも、霊と一緒にいることを許容出来ちゃう子には、複雑な感情になっちゃうんだ。


 茶道部の子と別れ、それから、まっすぐオカルト部に向かい、部室の扉を開ける。ここは今のところ無人の状態。で、良かったな。妙なものが居る。


 オカルト部は両脇に棚がおかれ、そこには色々な呪物や資料が置かれている。何個か呪物なんてものを置いているから、時々良くないものが寄ってくるんだ。部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで、白くて、くねくねした何かがこちらを見ていた。白い何かはくねくねと揺れ続けている。ああ、これは長く見ていると【理解】してしまうな。こいつは理解しちゃあいけないタイプの怪異だ。


 だから反射的に動く。肩からかけたカメラを素早く構え、シャッターを押した。直後、白い何かは晴れで刺された風船みたいに弾けて消えた。除霊完了だ。一安心ってわけ。


 場所の関係なく、稀に出現する怪異『くねくね』はかなり危険な存在だ。そいつを見続けて理解してしまうと頭がおかしくなって死ぬ。恐ろしいやつなのにそこそこの頻度で出現するから、被害にあった人の話は時々耳にする。ここに部長たちが居ない時に出現したようで本当に良かった。


 部室の扉を閉めて、席につき、今撮ったばかりのデータをカメラから削除する。こんなもの、残していてもろくなことには、ならないんだもの。数分後、部室の扉が勢いよく開いた。そうして部屋に入ってきたのは金髪の少女。部長こと弓ケ浜弓子だ。僕は彼女の名前を呼ぶ時きゅーちゃんと呼んだりもする。いつもではないけどね。彼女とは友達以上でも以下でもない。そういう関係でいるのが落ち着くからだ。


 部長は僕と向き合うように席へ着く。綺麗な瞳が僕を覗いている。彼女はヘンタイで、好奇心が旺盛だ。面倒な気配を感じるねえ。


「おっす! えいくん、調子どーよ」

「ぼちぼちだねえ」

「部長命令。何があったか詳しく教えな~? 知りたいんだからあ」

「そんな面白い話でもないけどね。良いよ。茶道部の後輩ちゃんからの仕事を終わらせて、さっきこの部屋でくねくねを退治した。おしまい」


 僕がそう言うと、部長はガタッと席を立つ。彼女は好奇心いっぱいの表情で、辺りをしきりにキョロキョロ見回す。その姿は小動物みたいで可愛いかもしれない。これで、オカルト趣味じゃなければ友達以上の存在として意識したかもね。

 

「どこ! くねくねはどこに出たん!? おしえろよ~」

「落ち着けって。くねくねは退治したよ。するに決まってる。あんな怪異見つけ次第駆除だ。悪霊祓うべし。慈悲はない」

「え~。うちのために残しといてよ」

「残してたら、きゅーちゃんの頭がおかしくなって死ぬだけじゃないか」

「そこはこう、なんとか、くねくねの姿を直接見ずに交信を試みたいところだね~」


 部長は室内を歩き回り、棚からひとつの呪物を持ち出した。呪物……というか降霊道具として知られるそれは文字や数字の書かれた板と、アイロンのような器具(プランシェットと呼ぶ)のセットだ。


「うわ……出たよ……」

「うわ、じゃねー。由緒正しきウィジャボード!」


 ウィジャボードの準備をする部長。これから霊と交信を始めるつもりだね。正直なとこ、僕は降霊術というものは好きではない。霊をわざわざ呼び出すのは危険だと思うから。降霊術が熟練のレベルに達している部長でも、事故が起こらないとは限らないもの。でも部長は一度やると決めたことはやめないんだよなあ。


「一応言っておくけど、くねくねはもう消滅したんだよ。それでも降霊術を始めんの?」

「あったりまえでしょ! うちの情熱に火が付いた。これはもう降霊するしかないっしょ! 今から近場の霊をひっつかまえて交信するかんね」

「どういう理屈だよ。繰り返すけど、くねくねは僕が祓っちゃったからねえ!」

「あいあい、まあ見てなって」


 僕の説得も虚しく、部長は降霊術を開始する。万が一に備えて、僕は警戒しておかなくては。部長にとってこれは遊びの延長なんだろうけど、僕は緊張しちゃうよ。


 部長はリラックスした様子でアイロンっぽい器具を動かす。「どこにいますか」とか「あなたは誰ですか」とか質問している。人によっては不気味にも感じるだろうね。


 ウィジャボードはこっくりさんという降霊術に似ている。というか、こっくりさんのルーツがこの、ウィジャボードなんだろう。板と専用の器具を使うか、紙と硬貨を使うかの違いはあるけれど、どちらも似たような降霊術。どっちも好きにはなれない。


 そのうち、部長は「おかえりください」と呟いた。この時、降りてきた霊が帰らなくて面倒な時もあるんだけど、今回はちゃんと帰ってくれた。部長は、その場でぐで~とうつ伏せになりため息をついた。彼女にとってはあまり面白い結果にはならなかったね。僕としては安心してるけど。


「はあ~……百回に九十九回は面白味のない低級の霊が来るのがなあ~……つまんなすぎて涙あふれる」

「平和でなによりじゃん。むしろ百回に一回は外れを引く遊びなんか、よくやるよ」

「むしろ九十九回が外れ。一回が当たり。うちの中にヤバい霊が入ってこようとする感覚……うちに取り憑こうとする霊を拒絶する感覚……うちの全身にまとわりつく霊気に抵抗する感覚……あれはこの世で最高の快楽なんだぜぇ! 気持ち良すぎんのよお!」


 自身を抱き締めながら、体をくねらせ、よだれをたらしながら恍惚の表情を浮かべる部長の残念な姿は、とても人様には見せられない。昔から彼女とは友達の僕でも、その姿にはドン引きだ。


「きゅーちゃん、あまり人前でその顔はしないことを、おすすめするよ」

「ふっふっふ。こんなやべー本性は、オカルト部の面子くらいにしか見せないって」

「できれば僕にも見せないでほしいんだけどね」

「そいつは悪うござんした」


 部長はハンカチでヨダレを拭きながら楽しそうに笑う。ほんとに悪いと思ってんのか……まったく。


 その時、扉をノックする音がした。音がしてからすぐに、部屋へ大柄な男子が入ってくる。彼は僕の姿を確認すると「英二、仕事だ」とぶっきらぼうに言った。彼、安藤はいつもそうなのだ。そうして彼は怪異絡みの依頼を持ってくる。オカルト部に居ると毎日に飽きないよ。

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