すーくん

 すーくんというのは、未冬の元カレだったはずの人だ。良く言えば人畜無害な、悪く言うと地味な男の子だった。

 名字が「住吉すみよし」だから、すーくん。おそらく関東では珍しい名字だから、強いて言えばそれが彼の個性だった。


 住吉くんとは高校一年生のときのクラスメイトだったけど、あまり彼の存在を意識したことはなかった。教室内で目立つ方じゃなかったし、席も近くないから、関わる理由もないし。

 けれど未冬から「住吉くんと付き合ってる」と打ち明けられて、状況はまるきり変わった。

 私には恐ろしかった。取るに足らないと思っていた男子が、急に未冬の彼氏として浮上してきたから。

 だれも知らない水面下で、いつの間にか恋人同士になるほど仲を深めているなんて。末恐ろしいことだと思った。

 いや、恐ろしいっていうのは的確な表現じゃなかったな。

 悔しかった。

 住吉くんに負けたと思ったんだ、私は。


「あの松戸まつど未冬みふゆ」の彼氏だってことで、周囲からの住吉くんへの注目度は一気に跳ね上がった。

 未冬は美人で人あたりも良かったから、よく人を惹きつけた。来る者を拒まず誰とでも仲良くなっていたから、学年中、いや、もしかすると学校中に顔が知れていたかもしれない。

 未冬が自分の彼氏のことを「すーくん」と呼び始めると、周りも面白おかしく彼を「すーくん」と呼んだ。

 今まで住吉くんと一言も話したことがないような人間も、彼の顔を見るなり「すーくん」とニヤニヤしながら挨拶した。

 単にからかいたかったとか、話題の住吉くんに話しかけるきっかけが欲しかったとか、あわよくば彼を経由して未冬とお近付きになりたかったとか、色々と理由はあったと思う。

 私にとってはそれが、効いてないアピールだった。

 おはよう、すーくん! あんた、未冬と付き合ったんだってね。地味で冴えないあんたが。いったいどんな手を使ったわけ? でも、私は全然気にしてないよ。幼なじみだからね。未冬のことはね、好きにさせてるの。


 笑顔で挨拶しながら、私は住吉周真しゅうまのことを憎まずにはいられなかったんだと思う。

 住吉くんは、未冬以外に「すーくん」と呼ばれる度にいちいちオドオドとしていて、私は、住吉くんのそういうところが嫌いだった。

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