第37話 見せてあげよっか?

陽瀬ひなせのことを、恋愛的な意味で……」


 俺は、今まさにポーズを取って写真撮影をしている陽瀬の方を向いて考える。

 陽瀬は、一人の異性としてとても魅力的だ。

 容姿はもちろんのこと、性格も優しくて明るく。

 最近だと、あまり好きではないであろう勉強を苦難しながらも頑張っている姿も良いと感じている、が。


「少なくとも、今は無いと思います」

「好きかどうかっていう話で今は、っていうのは珍しいわね。どうして?」


 これは、前に白百合しらゆり先輩と休日出かけた時に話したことにも通ずる話だが。


「今の俺には、金銭的にも精神的にも恋愛をしてる余裕が無いからです。なので、仮に誰かに恋愛感情を抱いていても自覚なんてできないと思いますし、自覚したくもありません」


 今の俺がそんなものを抱く、もしくは自覚してしまっても。

 その先に待つのは、ただただその想いと現実のギャップに苦しむ日々だけ。

 なら、そんなもの抱いてしまわない方がいい。

 今の俺の根底にはそんな考えが根付いているため。

 誰かに異性としての魅力を感じて恋愛をする、というのは俺にとって別次元のような話だ。


「高校生なんてもっと気の赴くままに動いてそうなものだけど、真面目で責任感の強い子ね。明るいあかりちゃんとは反対に落ち着いてて……だからこそ、お似合いなのかしら」


 プロデューサーさんは、俺には聞こえない声で何かを呟いていた。

 何を呟いていたのかは少し気になったが、それから少しして────


「終わった〜!」


 大声でそう叫んでいる陽瀬が、俺たちの方に駆け寄ってきた。

 そして、俺に向けて口を開いて言う。


空風そらかぜ!撮影見ててくれてたよね!私どうだった!?」

「陽瀬がモデルの仕事をどれだけ本気で頑張ってるのかが伝わってきて、良かった」

「え……えへへ」


 頬を緩めて、嬉しそうに笑う陽瀬。

 すると、プロデューサーさんは陽瀬の耳元に顔を近づけて。


「あかりちゃん、今日は普段より調子良かったわね。やっぱり、好きな人に見られてたからパフォーマンスも上がったのかしら」

「っ!べ、別に!そういうのじゃないですから!!」


 俺には聞こえない声で何かを囁いたらしいプロデューサーさんの言葉に対して、陽瀬は大きな声でそう言った。

 すると、プロデューサーさんは小さく笑いながら「お疲れ様。今日はもう上がって良いよ」と言い残し。

 大きなカメラの方に歩いて行った。


「もう……」


 その背中を見て、陽瀬は呆れたようにそう呟く。


「陽瀬、プロデューサーさんに何を言われたんだ?」

「へっ!?」


 俺が、純粋に抱いた疑問を投げかけると。

 陽瀬は、俺の方を向いてすぐに両手を振って言った。


「な、何も!大したこと言われてないよ!」

「そうか」


 あの反応を見る限りとてもそうは思えないが、陽瀬がそうだと言うならそういうことにしておこう。

 その後、俺と陽瀬は陽瀬が撮影用の服から着替えるために、二人で陽瀬の控え室があるらしい場所へ向かう。

 その道中、俺は陽瀬と隣り合わせになって建物内の廊下を歩きながら言った。


「プロデューサーさんから聞いたことだが、最近仕事の量を増やしたらしいな」

「あぁ、うん」

「……あまり詮索するようなことはしたくないが、仕事を増やしたってことは何か困ってることでもあるのか?」

「う、ううん、別に、困ってる……とかじゃないんだけど」


 そう言いながら、陽瀬は頬を赤く染めて数秒の間俺のことを見つめてきた。

 その意図はよくわからないが、どうやら本当に困っているというわけでは無さそうだ。


「そうか、なら良い」


 俺が返事をしてから、少し間を空けて。

 陽瀬は、俺に向けて聞いてくる。


「……私のこと、心配してくれたの?」

「もしそうなら、俺の事情を汲んで気にかけてくれている陽瀬に俺も協力したいと思っただけだ」

「っ……!」


 思いのままを伝えると。

 陽瀬は顔を少し下に向け、頬を赤く染めて小さく声を上げた。

 それから少しの間、静かに二人で歩いていると。

 目の前には『陽瀬 あかり』と書かれた紙が貼られているドアがあった。


「ここが陽瀬の控え室か」

「う、うん!」


 頷いた陽瀬は、鍵を取り出すとそのままこの控え室の鍵を開けた。

 そして、俺は今から陽瀬が控え室に入って着替えるんだと思っていた────が。

 陽瀬は、一向に動く気配が無い。


「……陽瀬?」


 俺がそのことに困惑していると、陽瀬は頬を赤く染めながら言った。


「空風……ちょっとだけ、一緒に控え室の中入ってくれない?」

「え……?今から着替えるんじゃないのか?」

「そうだけど……ちょっとだけ、ちょっとだけだから」

「……わかった」


 陽瀬が何をしようとしているのかはわからないが、もしかしたら他の人には聞かれたくないような話でもあるのかもしれない。

 そう思った俺は、陽瀬と一緒に控え室の中に入った。

 そして、テーブルや椅子、鏡などが置かれている一人用にしては広いこの控え室の中で。

 陽瀬は、先ほどまでとは違い。

 今度は、どこか恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、俺と向かい合って言った。


「ねぇ、空風。今から私制服に着替えるけど……その着替えの合間に、ちょっとだけ私のおっぱい?」

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