第34話 異性

「こ……このまま?」


 あんの甘い声色や、その言葉に困惑しながらも聞き返すと。

 杏は、頷いて。


「うん……このまま」


 そう言った杏は、このまま……どころか。

 むしろ、俺に身を寄せてきた。


「っ……!」


 それによって、杏の白百合しらゆり先輩とはまた違う良い香りが漂ってくると共に。

 その大きな胸が、俺の体に密着する。

 ……服越しでもわかるほど大きくて、柔らか────じゃない!

 落ち着け、俺!

 杏は俺の妹だ。

 妹の体が少し自分の体に当たったぐらいで動揺してしまうなんて、兄としてあり得ない。

 どうにか自分のことを客観的に見てそう思い直した俺が、一度深呼吸をすると。

 杏は、頬を赤く染めながら、俺の顔から俺の体の方に視線を移して言った。


「お兄ちゃん、本当に大きくなったね。昔からお兄ちゃんの方が大きかったけど、ここまで身長とか体格に違いは無かったのに」

「そうだな」


 会話内容としては、普通な内容だったため。

 そのことに対して、俺は心の中で落ち着きのようなものを感じた……が。


「っ!?」


 次の瞬間。

 杏に抱きしめ返されたことでその落ち着きは無くなり、一気に心臓の鼓動を早めた。

 が、杏はそんな俺に遠慮する素振りもなく。

 俺の顔を見上げると、甘い声色で言った。


「お兄ちゃん。前にも言ったけど、私大きくなったんだよ?昔はまだ小さかったから何も感じ無かったと思うけど、今はこうして抱きしめたら私の胸の感触感じるよね?」

「そ……それは、そうだが────」

「胸だけじゃなくて、も全部だよ。他のところも、お兄ちゃんが知らない間にすごく成長したの……体だけじゃなくて、心も、お仕事の方も、私は全部お兄ちゃんのためにしてるの」

「俺の、ため……」


 一見すると、単なる兄想いの優しい妹の言葉。

 だが……杏のその言葉を聞いて。

 俺は、過去に杏の言っていた言葉を思い出す。


 ────お兄ちゃん、私もう、ただお兄ちゃんのことを困らせるだけの妹じゃないんだよ?


「……」


 その言葉を思い出した上で、俺は口を開いて言った。


「杏……何度でも言うが、俺は杏のことを俺を困らせる妹だと思ったことは一度も無い。だから、もしその俺のためというのが、俺を困らせてきたからというものからきているなら────」

「違うよ、お兄ちゃん」


 俺の言葉を遮って否定した杏は、続けて口を開いて言う。


「確かに、私はお兄ちゃんのことを困らせてきたと思ってるから、その恩返しはしたいと思ってるけど……今全部お兄ちゃんのためにって言ったのは、そういう意味じゃないの」

「そういう意味じゃ……ない?」


 杏の言葉の意味が理解できず、俺が困惑の声を漏らすと。

 杏は、小さく口元を結んだ。

 その口元にある唇は、とても艶があって、どこか目を奪われてしまうものがあ────


「そ……そうだ。買い物袋に入ってる食材を、そろそろ冷蔵庫に入れないとな」


 これ以上あのままで居たら、俺と杏のが壊れてしまう。

 そう感じた俺は、杏のことを抱きしめるのをやめて、慌ててそう言った。

 すると。


「……うんっ!」


 そんな俺の言葉に対して同意の意を示してくれて、杏もゆっくりと俺のことを抱きしめるのをやめてくれた。

 そして、俺は逃げるように、キッチンへ向かうと。

 そのまま、キッチンにある冷蔵庫に、買い物袋に入っている食材を入れ始めた。

 一瞬、頬を赤く染めて口元に手を当てている杏の姿が見えたが。

 自らの心臓の鼓動や、先ほど杏に感じかけたことに意識を向けていた俺は、それどころではなかった────


「お兄ちゃんのあんな顔、ずっと一緒に生活してきたのに初めて見た……あれが、お兄ちゃんがなのかな?だとしたら、お兄ちゃん────私のこと、異性として見てくれたんだ……!お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……!!」

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