第31話 誤解

 状況が急すぎて、正直頭の理解が追いついていないが。

 ひとまず、ここはあん白百合しらゆり先輩の誤解を解かないといけない。

 そう思った俺は、まず杏の方に向けて口を開いて言った。


「杏。ずっと言ってきていることだが、俺に彼女は居ない」

「でも、一緒にお出かけして、同じ車に乗って帰ってくるなんて、そんなの────」

「杏も知ってると思うが、白百合先輩はあの白百合グループのご令嬢なんだ」


 そう前置きをした上で、俺は続けて言う。


「俺たちからしてみれば、車で異性を送り迎えというのは色々と意味のようなものを考えてしまいそうになるところ……だが」

「……白百合さんにとっては、普通ってこと?」


 その杏の問いかけに、俺は頷いて答える。


「あぁ。実際、俺が帰りの歩きで疲れるということも懸念してくれていたみたいだからな」


 そこには、俺ともっと一緒に居たいと思ってくださったという意図もあったらしいが。

 白百合先輩の中に、俺を疲れさせたくないという意図があったことも。

 決して、忘れてはいけないことだろう。


「帰りの歩きで後輩が疲れるのを懸念して、車で家まで送ってくれるような優しい先輩────それこそが、あの白百合グループの一人娘でもある白百合純恋すみれ先輩なんだ」

「……」


 それから、杏は少しの間沈黙した後。

 目元を暗くするのをやめて、納得したように頷いてから明るい声で言った。


「そういうことだったんだね……ごめんっ!お兄ちゃんっ!私、変な勘違いしちゃったみたい!」

「別にいい」


 今まで彼女が居ないと言い張っていた兄に、実は彼女が居るかもしれない。

 という情報が突然降って湧けば、誰でも動揺してしまうだろう。


「そっか……そうだったんだ。良かった……」


 胸を撫で下ろして、小さな声で一人何かを呟き出した杏のことを見て。

 杏の説得を終えたと判断した俺は、次に白百合先輩の方を向く。


「……」


 白百合先輩に関しては、杏とは違ってなぜこんな状態になってしまっているのか明確ではないが。

 ひとまず、俺はただ事実だけを口にする。


「白百合先輩。俺がさっき言ったのは、白百合先輩のようなすごい人が俺の彼女であるはずがないということであって、何か悪い意味を込めて言った意味では────」

「私がお聞きしたいのは、そういうことではありません!」

「え……?」


 珍しく声を荒げた白百合先輩は、さらに俺との距離を一歩近づけてくると。

 続けて、口を開いて言った。


りつさんは、私のことをすごい人だと評してくださいました。そして、だからこそ私が恋人であるはずがないと」


 そして、白百合先輩は自らの胸元に手を当てると。

 白百合先輩は、今まで見たことがないほどに取り乱した様子で言う。


「律さんが私のことをすごい人だと評してくださったのは、私が白百合の家の人間だからですか?そして、私がすごい人であるからこそ恋人であるはずがないということは、私が白百合の名を冠している以上、私を恋人に……いえ。できることなら、私と関わりたくないとお考えなのですか?」

「えっ!?」


 話がとんでもなく広がっていることに、思わず驚きの声を上げてしまうも。

 俺は、とりあえず今ハッキリと言えることがあるため。

 それだけは伝えるべく、すぐに口を開いて言った。


「違います!白百合先輩と関わりたくないなんて、そんなことを思ったことは一度だってありません!」

「しかし……私がすごい人であるから恋人であるはずがない、ということは────」

「確かに、俺が白百合先輩のことをすごい人だと言ったのは、白百合先輩が白百合グループの人だからということもあります」


 ですけど、と続けて。


「何よりも、俺が白百合先輩のことをすごい人だと言ったのは。白百合先輩自身が努力して得ている学力とか運動能力とか、何もかもがすごいところに居るのに傲慢にならず優しいところとか、そういうところです!なので、白百合先輩の家がどうとかっていうのは、白百合先輩と関わりたいと思うかどうかに何も関係ありません!」

「っ……!律さん……」


 俺が、そこだけは誤解して欲しく無かったため力強く言うと。

 白百合先輩は、一度目を見開いて目元を暗くするのをやめた。

 すると、白百合先輩はどこか申し訳なさそうに言う。


「……申し訳ございません。少々、誤解してしまっていたみたいです」

「いえ、俺も誤解を生むような言い方をしてしまって、すみませんでした」

「律さんがお謝りになられることは、何もありませんよ」


 そう言って、白百合先輩はいつも通り俺に微笑みかけてくれる。

 こうして、二人の中に生まれてしまった誤解を、俺はどうにか解くことができた。


 ────が、これがまだ、重たい愛のほんの一端であり、それに触れ始めた始まりに過ぎないこと。


 ────そして、今日この後にも、まだその重たい愛の一端に触れることになることを……この時の俺はまだ、知らない。

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