第30話 邂逅

「やっぱりお兄ちゃんだ〜!」


 そう言って、あんは買い物袋を手に持ったまま俺の方に駆け寄って来て。


「ちょうど今から夕食作ろうと思ってたから、ちょっと待────」


 と言いかけた時。

 杏は、俺の隣に居る白百合しらゆり先輩の方を見ると。


「……え?」


 困惑の声を漏らしてから、一度言葉を止めた。

 そして、白百合先輩のことを上から下へと視線を逸らしながら呟く。


「髪サラサラで顔も綺麗で、体が細いのに胸も大きくて、脚細くて長くてすっごく色白な女の人……って、え!?」


 何かを小さな声で呟いていた杏は、俺の方に視線を戻して言った。


「も、もしかして、この人、お兄ちゃんの彼女!?」

「なっ……!?」


 俺が、その杏の発言に思わず驚きの声を上げていると。

 白百合先輩は、自らの顔に手を添えて恍惚な表情で何かを呟き始めた。


「私などがりつさんと交際していると思われてしまうなど分不相応だとは理解していますが、周りの方々から見れば私たちは交際関係にあるように見えるのでしょうか……私と律さんが、交際────」

「し、白百合先輩……?どうかしましたか……?」

「……白百合?」


 俺がそんな白百合先輩の様子を不思議に思ってそう聞くと、杏が首を傾げて何かを呟いていた。

 そして、白百合先輩は、はっ、とした様子で自らの顔から手を離すと。

 いつも通りの笑顔で言った。


「何でもありません。それよりも……律さんのことを兄と呼んでいるということは、もしや、そちらの女性が?」


 そう聞いてきた白百合先輩に対し、俺は頷いて言う。


「はい。妹の、空風そらかぜ杏です」

「やはり、そうだったのですね」


 その俺の言葉に対し納得した様子の白百合先輩は。

 杏との距離を縮めると、普段通りの優しい声色で言った。


「初めまして、杏さん……私は、白百合純恋すみれと申します」

「白百合、純恋って……えっ!?やっぱり、あの白百合グループの一人娘っていう三年生の!?」


 杏は、俺や白百合先輩と同じ高校だが。

 まだ一年生の五月までしか高校生活を過ごしていないため、三年生である白百合先輩と会ったことがなくても不思議はない。

 が、その名前は知っていたようで、杏はとても驚いていた様子だった。


「はい。存じ上げて下さっていたようで、何よりです」

「それは、もちろん、知ってますけど……え?そ、そんなすごい人が、お兄ちゃんの彼女なの!?」


 そうだった、まだその誤解が解けてなかった!

 俺は、今何よりも解くべきものを解けていなかったことを思い出したため。

 すぐに、口を開いて言う。


「前にも言ったが、俺に彼女は居ない!それに、仮に居たとしても、白百合先輩みたいなすごい人が俺の彼女なわけないだろ?」

「っ……?」


 俺が杏に向けてそう言うと、白百合先輩は小さく声を漏らしていた。

 それがなぜかはわからなかったが。

 俺は、杏がすぐに口を開いて声を発し始めたためその言葉に意識を集中させる。


「そんなのわからないよ!休日に二人で一緒に居る時点で十分恋人に見えるし……ていうか、今日白百合さんと二人でお出かけしてきたの!?それで、帰りに後ろにあるすごく高そうな車で家まで送ってもらったってこと!?」

「そ……それは、そう、だが」


 状況だけまとめられると、確かに恋人だと誤解されてもおかしくは無いが……

 そんな事実は無いため、白百合先輩のためにもここはそんな誤解を解くべきだろう。


「白百合先輩からも、何か────」


 杏の誤解を解くべく。

 白百合先輩の助けを乞おうとした俺……だったが。


「律さん……私が律さんの恋人であるはずがない、とはどういう意味でしょうか?」

「……え?」


 白百合先輩が、予想外にも目元を暗くして声色も暗くしてそう聞いてきたため。

 俺が、思わず困惑の声を上げると。

 杏が、俺との距離を一歩縮めてきて、白百合先輩同様目元と声色を暗くして言った。


「ねぇ、お兄ちゃん。どういうことなの?今までずっと、私に彼女が居ないって嘘吐いてたの?」


 さらに続けて、白百合先輩が俺との距離を一歩縮めてきて。


「やはり、私などでは律さんの恋人になるには相応しくない……ということなのでしょうか?」


 つい先ほどまで、とても楽しい時間だったはず……だが。

 なぜか────俺は、あっという間に危機的状況へと追い込まれてしまっていた。

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