第29話 令嬢

 その後、俺と白百合先輩は少ししてからドーナツ店を出ると────デパートを見て回っていた。

 そして、俺はその中にある一つの店を見て、思わず口を開いて言う。


「あ、ここのお菓子……前に妹が買って来てくれたんですけど、すごく美味しかったです」

「そうなのですね。りつさんのお気に入りということであれば、購入致しますか?」

「そうですね……せっかくなので、買いましょう」

「わかりました」


 では、と続けて。

 白百合先輩は、スマホを取り出して言った。


「少々お待ちください。今から、こちらのお店を出店している会社を購入する手筈を進めさせていただきます」

「はい……はいっ!?か、会社!?」

「はい。律さんのお気に入りということであれば、万が一にも潰れてしまうわけにはいきません……なので、白百合グループに併合することでその万が一の可能性を無くし、さらに今後はその会社のお菓子を好きなだけ律さんへ渡すよう指示を────」

「ちょっと待ってください!」


 それから、俺はとんでもない規模のことを言い出した白百合先輩のことをどうにか説得し。

 会社ではなく、そのお菓子を購入して、二人で一緒に食べた。

 なお、白百合先輩は相変わらず俺にお金を出させるのは嫌だということであったため。

 俺は、ありがたく白百合先輩にお金を出してもらった。

 ────といった感じで。

 白百合先輩と街で過ごしていく中では、何度か紆余曲折があったが。

 俺は、その度に白百合先輩に常識を教えることで、白百合先輩が常識外れな行動を取ることを防いだ。

 そして────


「そろそろ日が落ちて来たので、今日は解散にしましょう」


 夕方になると、俺の方からそう切り出した。

 すると、白百合先輩は少し間を空けてから頷いて言った。


「そうですね……少し名残惜しいですが、本日はそう致しましょう」


 そう言った白百合先輩は、スマホを取り出して。


「では、律さんのお家まで送迎させて頂きたいと思います」

「え!?そ、送迎、ですか!?」

「はい……それにより少しでも、律さんの疲労を減らすことができ────」


 と言いかけた白百合先輩は。

 いえ、と続けて。


「もちろん、律さんの疲労を減らすことができるというのは大前提ですが……私は────少しでも長い間、律さんのお傍に沿って居たいのです」

「っ……!」


 送迎と聞くと、俺にはかなり大きなことに聞こえてしまうが。

 それが、純粋に白百合先輩が俺ともっと居たいと思ってくださっているということなら。


「……わかりました。では、お願いします」

「はい、ありがとうございます」


 俺が返事をすると、白百合先輩は笑顔でそう言った。

 そして、白百合先輩がどこかへ電話を掛けてから程なくして。


「っ!?」


 俺たちの目の前に、黒のリムジンが停車した。

 そして、ドアが自動で開くと。


「どうぞお入りください、律さん」

「は、はい」


 白百合先輩にそう促されたため、俺は恐る恐るそのリムジンの中に入る。

 すると、中は本当に一つの部屋のようになっており。

 ソファのような椅子から、小さな冷蔵庫のようなものまで完備されていた。


「では律さん、こちらを」


 俺が、今日一日を通して、そしてこのリムジンを見て。

 改めて、今目の前に居る白百合先輩があの白百合グループのご令嬢なのだということを強く再認識していると。

 白百合先輩は、地図が表示されたモニターを俺に手渡してきた。


「えっと……これは、なんですか?」


 俺が聞くと、白百合先輩が口を開いて言う。


「マッピング用のモニターです。そのモニター上で、律さんのお家をタップしていただければ、後は運転手の方がそこまで送り届けてくださります」

「な、なるほど……わかりました、ありがとうございます」


 このモニターだけでも一体どれぐらいの値が張るのかわからない手触りだ。

 なんて思いながらも、俺がそのモニター上で自らの家をタップすると。

 ほとんど音は立っていなかったが、一瞬だけ揺れたことで。

 このリムジンが進み始めたことがわかった。


「では、あとは到着を待つだけですね……それまでの間、お話しして過ごしましょう」

「は、はい」


 その後、俺は緊張感を抱きながらも白百合先輩と言葉を交わす。

 そして、しばらくの間話をしていると。

 白百合先輩は、少し間を空けてから言った。


「律さん……本日はたくさんのご迷惑を掛けてしまったと思いますが、それでもこうして最後まで共に過ごしてくださり、本当にありがとうございました」

「い、いえ!迷惑なんて全く思ってないので、気にしないでください!むしろ、俺の方こそ白百合先輩と過ごせて楽しかったですし、あとお金のこととかも、ありがとうございました」


 俺が言うべきことをしっかりと言うと、白百合先輩は小さく笑って。


「律さんはお優しいのですね。……まだまだ不束者の私ではありますが、よろしければ、またこうして律さんと共に過ごさせていただいても、よろしいでしょうか?」

「もちろんです。もし何かわからないことがあったら、いつでも聞いてくださいね」

「っ……!ありがとうございます、律さん」


 俺たちがそうやり取りをすると同時。

 リムジンが停車すると、ドアが自動で開いた。

 すると、俺と白百合先輩は一緒にリムジンから降りる。


「では、律さん。また、学校の屋上でお会いしましょう」

「はい、白百合先輩。今日は、ありがとうございま────」


 と言いかけた時。


「あれ、お兄ちゃんっ!?」

「……え?」


 ふと。

 毎日のように聞いている声がしたため、その声の方を向くと────そこには。


 買い物袋を持った、あんの姿があった。

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