第28話 私がついています

「……白百合しらゆり先輩?どうかしましたか?」


 突如沈黙した白百合先輩にそう呼びかけると。

 白百合先輩は、どこか暗い声色で言った。


陽瀬ひなせさん、というのは。陽瀬あかりさんのこと、ですか?」

「はい、そうです」


 事実であるため頷いて答えると、白百合先輩は少し間を空けてから言った。


「お二人が校内でよくお話しされているのは風の噂のようなもので存じていましたが、お二人でお洋服を買いに行くほどの関係性だとは思っていなかったので少し驚いてしまいました」

「あぁ、そういうことだったんですね」


 今でこそ、俺が陽瀬と話すことは自然なこととして校内でも受け入れられているが。

 俺が陽瀬と関わり始めたばかりの一年前は、あの人気モデルで男っ気の無い陽瀬と特に目立った特徴の無い俺が話しているというだけで少し校内が騒がしくなっていた。

 そのため、普段下級生の教室に来たりしない白百合先輩が俺と陽瀬の関係性を知っていたとしてもおかしくはなく。

 そんな俺たちが、二人で服を買いに出掛けていたともなれば驚くのも無理はないだろう。

 俺がそう納得していると────


「お二人は……交際、していたりするのでしょうか?」

「……え?」


 白百合先輩から、突然そんな言葉が放たれた。

 一瞬、突然過ぎて困惑の声を上げることしかできなかったが────すぐに。

 その言葉を飲み込むと、俺は慌てて口を開いて言った。


「い、いえいえ!別に、そういう関係ではありません!」

「本当……ですか?」

「も、もちろん本当です!何の変哲もなく、ただの友達です!」


 本当のことであるため、力強く言うと。

 白百合先輩は、目元を暗くするのをやめて。

 胸を撫で下ろした様子で言った。


「そうなのですね」


 続けて「突拍子も無いことを聞いてしまい、すみませんでした」と謝罪してきたが。

 俺は、謝罪なんて必要ないという旨を返事をする。

 と、白百合先輩は俺には聞こえない声で何かを呟いた。


「もし、この気持ちが実り、私がりつさんと交際させていただくことができれば……律さんが他の女性とはを、させていただけるのでしょうか……」


 それから、少し間を空けて。

 白百合先輩は、俺に向けて言った。


「……りつさんは、どなたかと交際したいと感じたことはありますか?」

「それは……わかりません」


 誰かと交際したいと感じたことがあるか。

 という質問に対して答えるなら、基本的にほとんどの人間があるか無いかの二択だろう。

 もしそれ以外のことを言う場合でも、そのあるか無いかを誤魔化すための方便。

 だが、俺の場合はそうではなく。

 本当にわからない。

 その理由を、俺は顔を俯けて口から言葉として発する。


「今まで、お金が無い中無我夢中に働いてきたので……もし、仮にそういう感情があったとしても、俺はそういったことをしてる場合じゃないという感情が無意識に入って気付けないと思います」

「っ……!」

「でも、だからと言って今の境遇を恨んだり、何かを後悔したりはしていません……俺はありがたいことに、白百合先輩を含め優しい人に恵まれているので、それだけで十分なんです」


 これは虚勢では無く、心から思っていることだ。

 俺の周りには、今目の前に居る白百合先輩やあん

 陽瀬やひいらぎなど、とても優しい人たちが居てくれている。

 俺は、それだけで────


「って、すみません!いきなりこんな、重たい感じの話を────」


 と言いながら顔を上げた、が。

 目の前から、白百合先輩の姿が無くなっていた。

 そのことに、俺が一瞬困惑していると────


「律さん……今まで、お一人でよく頑張って来られましたね。ですが、もう大丈夫です」


 後ろから、白百合先輩のとても優しい声が聞こえてきて。

 その直後、白百合先輩が俺のことを後ろから優しく抱きしめてきて言った。


「律さんには、私がついています。ですから、以前もお伝えした通り、これからはどのようなことでも私に甘えてください────それがどのようなことであれ、私は必ず律さんのご要望にお応えしますから」

「白百合、先輩……」


 俺は、できることなら白百合先輩に甘えたりはしたくない。

 他人に迷惑をかけたりはしたくない。

 だから、ここはすぐにでも白百合先輩のことを引き剥がして「心配しないでください、俺は大丈夫ですから」と言わないといけないところ────だが。

 ……この優しさを無碍むげにするようなことも、できない。


「……」


 そんな自分に対し、思うところは色々とあったが。

 今は、白百合先輩の優しさという名の温もりに身を委ねることにした。


 ────この優しさが深い愛情の裏返しであることを、この時の俺はまだ知らない。


 ────が、それを知ることになる日は、もう決して遠くは無かった。

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