第27話 初めてのドーナツ

「え!?て、手を、ですか!?」

「はい」

「ど……どうして、手を?」


 あの白百合しらゆり先輩から、突然────手を、繋ぎませんか?

 と言われたことによって、かなり動揺しながら聞くと。

 白百合先輩は、頬を赤く染めながらも首を傾げて言う。


「前方の方々が手を繋いでいらっしゃるので、列に並ぶ場では私たちもそうした方が良いのではないのですか?」

「っ……?あ、あぁ」


 その言葉を聞いたことで、俺は白百合先輩が盛大な誤解をしていることに気が付いたため。

 その誤解を解くべく、すぐに口を開いて言う。


「前の人たちは、おそらく恋人同士だから手を繋いでいるというだけで、列に並ぶ時に手を繋がないといけない決まりがあるわけじゃないんです」

「っ……!そうなのですか……?」

「はい。なので、俺たちが手を繋ぐ理由はありません」

「……」


 それから、白百合先輩は手を差し出したまま少し体を硬直させた後。

 その手を、元あった位置に戻した。

 すると、口を開いて申し訳なさそうに言った。


「申し訳ありません。こういったお店で列に並ぶという経験が、今まで無かったために……」

「いえ、初めてなら誤解してしまっても仕方ないことなので、謝らないでください。むしろ、俺と手を繋いでしまう前に気付けて良かったです」

「……良かった、のでしょうか?」

「……え?」


 その点で聞き返してくることがあるとは思っていなかったため。

 少し困惑の声を漏らしてしまうも、俺は思っていることを口にする。


「良かったんじゃないですか……?もしあのままだったら、白百合先輩は順番が来るまでの間ずっと俺と手を繋ぐことになってたと思いますから」

「……私は────」


 白百合先輩が何かを言いかけた時。


「次のお客様〜!こちらへどうぞ〜!」


 店員さんから、そう呼びかけられた。

 直後。

 白百合先輩は、はっとした様子になってから言う。


「何でもありません。呼ばれているようですので、共に参りましょう」

「そうですね」


 何を言いかけていたのかは少し気になったが、本人が何でもないと言うのならそれで良いだろう。

 俺と白百合先輩は呼びかけられた通りに二人で前へ進み、レジ前にあるメニュー表を見る。


「ドーナツとは、こんなにもたくさんの種類があるのですね……りつさんは、どちらになされるのですか?」

「俺は、これにします」


 そう言って俺が指を差したのは、チョコレート味のドーナツ。


「でしたら、私も律さんと同じそちらのものにさせていただきます」

「わかりました」


 ということで、俺は同じドーナツを二つ注文した。

 そして、会計でお金を出そうとした時────その時。


「こちらで、二つ分お願いします」

「っ!?」


 白百合先輩は、間違いなく一般人が持てるような代物で無いことは明らかなかカードを出して、俺が現金を出すよりも早くそう言った。

 が、俺はカードのことよりも白百合先輩の言葉の方が気になったため、すぐに口を開いて言う。


「待ってください!せめて、自分の分は自分で払────」

「私がお隣に控えさせていただいているというのに、律さんに金銭面でご負担を掛けてしまうことなど絶対に許容できません。律さんのお望みであればどのようなことでもお聞きして差し上げたいですが、今回はご理解ください」


 普段は優しく穏やかな雰囲気の白百合先輩だが……

 今の言葉には力強い意志が込められていて、とても意見を変えてもらえそうにはない。


「……わかりました、ありがとうございます」


 お金を払ってもらうなら、せめてお礼は言わないといけないと思った俺がお礼を伝えると。


「いえ。このくらいのことで、お礼など結構ですよ」


 白百合先輩は、いつも通り優しい口調でそう言った。

 それから、ドーナツを受け取ると、俺たちは一緒に店内にある席に向かい合うように座る。

 そして、ドーナツの食べ方がわからないと言う白百合先輩に、ドーナツの食べ方を教えると────


「これが、ドーナツ……こんなにも、美味しいものなのですね」


 ドーナツを一口食べた白百合先輩が、口元を緩めてそう言った。

 そんな白百合先輩のことをどこか微笑ましく思いながらも、俺も一口ドーナツを食べると。

 それから、俺たちはドーナツについての感想を話し合った。

 そして、しばらく時間が経つと。

 正面に居る白百合先輩が、楽しそうに口角を上げて言った。


「律さんと二人で美味しいものを食べ、その感想を言い合う……本当に、このような時間を過ごしていたいですね」

「そうですね」


 俺が同意を示すと、白百合先輩はふと俺の服を見て言った。


「本日お会いした時から思っていましたが、そちらのお洋服は律さんにとてもよくお似合いですね」

「あ、ありがとうございます」


 服を褒められることは滅多に無いため、少し照れて言葉を詰まらせてしまうも。

 俺は、すぐに続けて言った。


「このベストは今週友達と一緒に出掛けて買いに行ったもので、俺も結構気に入ってるんです」

「ふふっ、私もとても良いと思います。律さんはお洋服選びがお上手なのですね」

「そういうわけでは……その友達が服に詳しいので、一緒に選んでもらったんです」

「なるほど、お洋服に詳しいお友達がいらっしゃるのですね」

「はい。校内でも有名なので白百合先輩も知ってるかもしれませんけど、陽瀬ひなせっていうクラスメイトに選んでもらいました」

「っ……!」


 俺がそう言った直後、白百合先輩は目を見開くと────次の瞬間には、目元を暗くして完全に沈黙していた。

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