第25話 白百合先輩とお出かけ

 日曜日。

 白百合しらゆり先輩との待ち合わせ時刻は朝の11時で、今はその25分前。

 俺はもう、待ち合わせ場所である街から少し離れた場所にある噴水広場手前までやって来ていた。

 万が一にも、あの白百合先輩のことを待たせてしまうわけにはいかないため。

 普通であれば早すぎるこの時間も、今日だけは妥当と言えるだろう。

 そんなことを思いながら、曲がり角を曲がり噴水広場に出ると────


「……え?」


 俺は、噴水前に立っているある人物の姿を見て。

 思わず、驚きの声を漏らしてしまった。


「……」


 その人物は、どこか品のある黒紐リボン付きの白シャツに、膝下まで伸びている黒のスカートを履いていて。

 雪のように綺麗な白の髪をした女性────白百合先輩だ。

 私服になると、ますます高校生とは思えない綺麗な大人の女性の風貌を醸し出している……が。

 それ以上に俺が驚いたのは。


「どうして、白百合先輩がもうここに居るんだ……?」


 ということ……だが。


「とにかく今は、一秒でも長く白百合先輩のことを待たせてしまわないようにしよう」


 思考している暇があるなら。

 すぐにでも白百合先輩と合流しようと思い直した俺は、すぐに白百合先輩に近づく。

 すると、俺のことに気が付いた様子の白百合先輩は、いつも通り俺に微笑みかけながら言った。


りつさん、おはようございます」

「おはようございます」


 互いに挨拶を交わしたところで。

 俺は、白百合先輩から香ってくる、気品あるフローラルな香りに思わず意識を取られてしまいそうだったが……

 すぐにそのことを頭の片隅に追いやり、足を止めると口を開いて言う。


「待たせてしまったみたいですみません、白百合先輩」

「いえ。私が律さんのことを待たせてしまうわけにはいかないと早く来ただけですから、気にしないでください」


 優しく言ってくれた白百合先輩は、続けて。


「むしろ、私は律さんが思っていた以上にお早くご到着なされたことに驚きました」

「俺も、白百合先輩のことを待たせるわけにはいかないと思って普段よりも早く移動を始めた……ので、俺と白百合先輩はお互いに同じことを考えてたみたいですね」

「っ……!律さんと私が、同じことを……」


 俺が小さく笑いながら言うと、白百合先輩は一瞬目を見開いた後。

 嬉しそうに口元を結んで、頬を赤く染めた。


「白百合先輩……?」


 俺がそんな白百合先輩のことを不思議に思っていると。

 白百合先輩は、口角を上げて言う。


「申し訳ありません、つい……本来の待ち合わせ時間までは今しばらくありますが、これからいかが致しますか?」

「合流できたなら待ち合わせ時間に拘る理由は無いので、もう街に行きましょう」

「わかりました」


 頷いてくれた白百合先輩と街へ向かうべく、隣を歩き始めた。

 ……歩くたびに白百合先輩の髪が靡いて、良い香りが香ってくる。

 というか、本当に俺は今、あの白百合先輩と二人で隣を歩いているのか。

 いまいち現実感は無いが、間違いなく現実であるこの光景に何とも不思議な感覚を抱いていると。

 白百合先輩が、口を開いて言った。


「律さん。多忙の中、本日は私と街へお出かけしていただく時間を設けてくださり、本当にありがとうございます」

「い、いえ、俺は別に多忙でも何でもないですから、気にしないでください……むしろ、白百合先輩は大丈夫なんですか?」

「はい。私は今月しなければならないことはもう済ませているので、何も問題ありません」


 特に誇示した様子もなく、穏やかに言う白百合先輩。

 俺が、そんな白百合先輩に改めて尊敬の念を抱いていると。

 白百合先輩は、俺に顔を少し近づけてきて言った。


「私などのことよりも、私は本当に律さんのことを心配しているのです」

「俺のことを、ですか?」

「はい……もし律さんがお仕事の方をご無理なされていると思うと、私は気が気でならないのです」


 ……陽瀬ひなせあんひいらぎ、そして白百合先輩といい。

 俺は、俺のことを心配してくれる優しい人たちに恵まれている。

 が、だからこそそんな人たちに心配をかけたく無いため、俺はすぐに言った。


「俺なら大丈夫なので、本当に心配しないでください」


 俺の言葉を聞いた白百合先輩は、少しの間沈黙してから言った。


「わかりました……ですが、本当に限界がやってきた時は、私のことを頼ってくださいね。もし律さんが私のことを頼らずお一人で全てを抱え、その結果ご体調でも崩されたりしたら、私はもう二度とそのようなことが起きないように、例え律さんに疎まれることになろうとも────」

「わかってます。本当に大丈夫なので、そんなに心配しないでください……白百合先輩には優しい笑顔がよく似合うと思うので、俺のせいでその笑顔を無くして欲しくありません」

「っ……!」


 俺が、率直に思ったことを言うと。

 白百合先輩は、一度目を見開いて────今までに見たことがないほどに、頬を赤く染めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る