第24話 一番大切だよ!

 陽瀬ひなせと出かけてから実に三日の間。

 俺は、久しぶりにリミットというものを忘れ。

 放課後になると、とにかく長時間働き続けた。

 三日連続で長時間働いた程度で顔に出るほど、柔な働き方は今までして来なかったため。

 今の所、以前のように陽瀬や白百合しらゆり先輩にバイトで無理をしているのかと心配されることは無い。

 が────


「ただい────」

「お兄ちゃん!一昨日と昨日に続いて、今日も帰りが21時過ぎってどういうこと!?」


 バイト帰り、玄関のドアを開けて俺がただいまと言おうとした時。

 玄関で俺のことを待っていたあんが、怒るように言った。

 ……そう。

 陽瀬や白百合先輩のことは誤魔化せたとしても、俺と同じ家に暮らしている杏にだけはどうやったって隠し通すことができない。

 とはいえ、俺は何か後ろめたいことをしていたわけではないため、しっかりと口を開いて言う。


「もちろん、バイトに行ってたんだ。ここ最近はかなり休んでたし、このぐらいだったら良いだろ?」

「ちょっとだけならって思って何も言わなかったけど、三日も連続でで長時間働くのはダメ!」

「……杏も知ってると思うが、俺はこのぐらいで根を上げたりはしない。一週間連日とかならともかく、三日程度で────」

「それがダメなの!」

「……え?」


 力強い言葉で放たれた杏の言葉に困惑していると、杏は続けて言った。


「今まで、お兄ちゃんはずっと一人で無理して来たから三日程度なんて言ってるけど、私はお兄ちゃんに三日程度なんて言って欲しくないよ。……ううん、本当だったら、一日だってお兄ちゃんに無理して欲しくないの!」

「……」

「お兄ちゃん、前に私が言ったこと覚えてる?私はもう、ただお兄ちゃんのことを困らせるだけの妹じゃなくて、今なら私のことを支え続けてくれたお兄ちゃんのことを私も支えてあげられるって」

「……あぁ、覚えてる」


 半月ほど前、杏が言って来たことだ。


「あの言葉は、本当にそのままの意味なんだよ?これから私とお兄ちゃんの二人で生活していく分ぐらいなら、もう私の女優業だけでも十分生活費を賄える。だから、もうお兄ちゃんはバイトを辞めたって良いの!」

「俺が……バイトを辞める?」

「うんっ!」


 続けて。

 杏は俺に近づいてくると、優しい声色で言う。


「バイトなんて辞めて、これからはずっと私と一緒にこの家に居よ?料理は私が毎日作ってあげるし、暇があったら一緒に映画見たりするのも良いよね。気持ち良いことしたくなったらいつでもしてあげるし、他にも色々……とにかく、もう無理なんてせず、これからは今言ったみたいな生活しようよ!お兄ちゃんは今までずっと一人で頑張って来たんだから、そういう生活をしてもバチ当たらな────」

「杏、前にも言ったが、俺は杏のことをただ俺のことを困らせるだけの妹だなんて思ったことはただの一度も無い」

「っ……!」


 杏の言葉を遮って言うと、杏は目を見開いた。

 が、俺は気にせず続けて言う。


「そして、これも前言ったことだが、俺は今の生活をしたくてしてるんだ。自分のことを不幸だなんて思ったことは一度も無い」

「嘘だよ!私が高校に進学できるようにって、お兄ちゃんが無理してたこと私知って────」

「確かに、しんどいと感じることは今まで何度もあったが、だからって不幸だと思ったことは一度も無い……何故なら────」


 俺は、杏の左肩に右手を置くと、杏の目を真っ直ぐ見て言った。


「俺の傍には、ずっと杏が居てくれたからだ」

「っ……!わた、し……?」


 聞き返してくる杏に、俺は頷いて言う。


「あぁ。もし俺一人だったなら絶望していたかもしれないが、俺にはずっと俺のことを大切だと言ってくれる杏が傍に居てくれた……俺にとっては、これ以上の幸福を望む方が難しい」

「お兄ちゃん……お兄ちゃんっ!」


 泣き始めた杏は、俺のことを呼ぶと、そのまま俺のことを抱きしめてきた。

 ……杏に心配をかけ続けてしまっているこの状況を、このままにして良いとは思っていない。

 が────今は。


「お兄ちゃん……!私はどれだけ時間が経ったとしても、絶対にお兄ちゃんのことが一番大切だよ!」

「……ありがとう、杏」


 兄思いで優しい杏と居れることに幸せを感じながら。

 俺は、杏が泣き止むまで、杏の頭を撫で続けた。

 そして、杏の要望もあって、翌日の土曜日はしっかりと休むと。

 いよいよ、日曜日────俺にとって一大事である、あの白百合しらゆり先輩と二人で街へ出かける日となった。

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