第23話 服選び

「周りから見たら、俺たちが恋人に……?」

「う、うん!ほ、ほら、二人の男女だけで街を歩いてるわけだし、もしかしたら恋人に見えちゃうのかな〜!なんて!」


 恋人に……か。

 ……何故、陽瀬ひなせがそんなことを言ったのかわからなかったが、俺は少し考えてから次の言葉を口にした。


「確かにそう見える可能性もあるが、特別恋人に見えることは無いんじゃないか?」

「そ……そう、かな?」

「あぁ。仮に手を繋いでいたりしたならほとんどの確率で恋人だと思われただろう」


 が、と続けて。


「男女二人で隣り合わせになりながら歩いているというだけで、周りから俺たちが恋人関係に思われていると心配する必要は無い」


 それに、陽瀬は容姿が整っていて一際存在感を放っている存在であるため。

 そういった意味でも、隣に居るだけで俺が恋人だと心配される理由は無いだろう。

 と思い言うと、陽瀬は言葉を詰まらせて言った。


「べ、別に、そういう心配して言ってるわけじゃ……」

「違うのか?」

「……」


 俺がそう聞くと、陽瀬は少しの間沈黙した。

 そして、間を空けてからいつも通りの様子で口を開いて言う。


「ごめん!いきなり変なこと言っちゃって!本当ただ適当に思ったこと言っただけだから、何にも気にしないで!それより、そろそろ目的の服屋見えてくるんじゃないかな〜」


 ……この様子を見てみると、何か別の真意があったのかもしれない。

 と考えられはするが、陽瀬が今日の服選びを楽しみにしてくれていたのは紛うことなき事実。

 それを、俺の余計な勘繰りで邪魔するわけにはいかない。

 そう思った俺は、それ以上余計な追及はせず。

 普段通り、陽瀬と雑談を交えながら服屋に向かった。


「────着いた〜!ここだよ!ここ!」


 ある服屋の前に到着すると、陽瀬が楽しそうに言う。


「入ろ!空風そらかぜ!」

「あぁ」


 服屋を前にして。

 よりテンションが高くなっている陽瀬と一緒に、俺は服屋の店内へと足を踏み入れた。

 かなりオシャレで栄えた雰囲気の街にある服屋ということもあり。

 店内は埃一つ無いんじゃないかと思えるほどに綺麗で、広さもかなりある。

 加えて、派手ということはなく落ち着いた感じの内装をしているため、俺としても居心地が良い。


「ここたまに私も来るんだけど、メンズは服の系統しか知らないからちゃんと見るの初めてで本当楽しみなんだよね〜!確かメンズコーナーはあっちだったかな〜」


 そんなことを呟きながら、服屋という場所に馴染みすぎている陽瀬に案内され。

 俺は、陽瀬と共にメンズ服の並べられている場所までやって来た。


「いっぱいあるね〜!」

「あぁ」


 陽瀬の言葉通り。

 今が五月ということもあって、ここには夏服を主としたあらゆる服が置かれていた。

 ……しかし。


「この中から、俺でも着こなせそうな服を選ぶのはかなり大変────」

「こんなにいっぱいある空風に似合いそうな服の中から、数着を選ばないといけないなんて難しすぎ!」


 ……え?


「俺に、似合いそうな服……?」

「うん!空風カッコいいから、本当になんでも似合っちゃうよ!」

「……」


 陽瀬のような容姿の整っている女子に、ここまで真っ直ぐそんなことを言われたら少し照れてしまいそうだったが。


「なら、改めて、俺の服を一緒に選ぶのを手伝って欲しい」

「っ!当たり前じゃん!大船に乗ったつもりで任せて!」


 その陽瀬の真っ直ぐさに応えて変に謙遜することはなく改めてお願いすると。

 陽瀬は、明るい笑顔でそう言ってくれた。

 それから、服の右も左も知らない俺は、陽瀬に勧められた服を順々に着ていくことにした。

 ────ストリート系。


「っ〜!ストリートの空風良すぎ〜!」

「そうか……?俺にはアクティブ?すぎる気がするんだが」

「そんなことないって!超似合ってるよ!」


 ────アウトドア系。


「アウトドアも本当に似合ってる!」

「これは……着やすいのは確かだが、普段使いとしては────」

「ていうか、アウトドア系着てる空風見てたら一緒にキャンプしてるところとか想像できそう……!昼はバーベキューとかして、夜は一緒のテントで……っ!もう!何考えてんの私!バカみたい!でも、他には一緒に登山とか────」


 よくわからないが、俺がアウトドア系の服を着てから。

 陽瀬が何を言っているのかわからないほど早口で言葉を発し続けるようになってしまったため、俺は急いでアウトドア系の服を着替えた。

 そして、三着目────白シャツに黒のベスト。


「カ……カッコいい!!」

「これは……」


 カッコいい、と自分で言うつもりは無いが……


「派手すぎず地味すぎず、落ち着いた感じで着ていても違和感が無いな」

「うんうん!ていうか、他の服でもそうだったけど今回の服のも本当に似合っててカッコいいよ!」

「……気に入った。この服を買おう」

「やった〜!」


 自分のことのように、嬉しそうな声を上げる陽瀬。

 だったが、少し間を空けてから何かに気が付いたように目を見開いた。


「……陽瀬?」


 そんな陽瀬の様子を不思議に思った俺が呼びかけると、陽瀬はどこか緊張した様子で頬を赤く染めながら口を開いて言った。


「あのね、空風……その服着てる空風と一緒に出かけたりしてみたいから、良かったらまた、休日とかも一緒に出かけない?」

「もちろんだ。今度は、陽瀬の服でも一緒に見て回るか」

「え!?わ、私の服!?」

「あぁ。最も、俺に言えるのは俺から見て似合ってるかどうかだけで、ファッション知識は無────」

「全然それで良いよ!ていうか!空風と私の服見て回るとか思ってなかったから楽しみすぎ!!」


 心から楽しそうに言う陽瀬に、俺は微笑ましさのようなものを感じた。

 その後、俺は今着ていた服を購入すると。

 陽瀬と一緒にあと何店か服屋を見て回って、本格的に暗くなる前に陽瀬とは別れて解散となった。

 ……ここ最近は、バイトの方を最低限しか行かないようにしていたが。

 そろそろ体の方も回復してきたし、前と同じとまではいかないまでも、近い程度にはバイトの数を増やすか。

 とはいえ、中間テストも終わってあと少しで六月。


「……六月は気圧や湿度のせいで調時期だから、気を付けないとな」


 なんてことを呟きながら、俺は家へと帰った。



 ────この時の俺は、もし俺が体調を崩しでもしたら彼女たちが……なんて、全く考えもしていなかった。

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