第19話 女の人の、家……?

「し……!?」


 ひいらぎから放たれた言葉に、俺は思わず驚きの反応を見せてしまう。

 ……不純な気持ちという言葉から続いて。

 そういうこと、ともなれば。

 今の「したい?」という言葉の持つ意味は、一つしかないだろう。

 だが、当然柊がそんなことを本気で言っているわけはないため、俺はすぐに口を開いて言う。


「今のは、いくら俺でも冗談だと分かるが、体を密着させられながら言われると一瞬強張ったな……そういうことだから、今日はもう勘弁してくれないか?」

「冗談……そうだね────今日はとかしてなかったし、そういうことにしといてあげよっかな」


 心臓に悪い冗談を、今日一日で幾度となく受けた俺の言葉に対して。

 後ろに居る柊は、最後に何かを呟きながらも。

 俺に密着させていた体を、ゆっくり俺から離した。

 そして、俺の隣に座って言う。


「今まで彼女できたことない空風そらかぜには刺激が強すぎたと思うから、今日はこのぐらいにしといてあげるね」

「彼女ができたことないっていうのは、一言余計だ!」


 そんな軽口を言い合いながらも。

 俺と柊は、初めて隣り合わせになって一緒にゲームをプレイし始めた。

 予定通り、まずは俺と柊の1v11対1

 心臓に悪い冗談を何度も放たれたこと、そしてさっきの余計な一言を放たれたことに対する腹いせで一度は柊を倒そうと立ち向かったが────


「っ……!」

「また私の勝ちだね」


 コントローラーでも、柊は信じられないほどに強く。

 今日は、1v1で柊に勝つことは一度も無かった。

 ……が。


「空風は、相手がリロードとかしてて隙がある時、自分の回復を無視して相手を攻撃する癖があるけど、ちゃんと自分の体力も確認しないと勝てないよ……あと、実際に空風の操作感とか画面とか見てて気付いたけど────」


 柊は、1v1の合間合間で俺にアドバイスをくれていて。

 そのアドバイスの中には、こうして隣で遊んでいるからこそできるアドバイスのようなものも多々あったため。

 俺は、今日一日だけでも確実に成長する事ができた。

 その後。

 俺と柊は、オンラインでの2v22対2や、バトルロイヤルなども一緒にプレイして過ごし────気が付けば、19時手前。

 俺は、柊と一緒に柊の家の玄関までやって来ていた。


「悪いな、こんな時間まで……人と隣でゲームをするのが初めてだったから、つい時間を忘れてた」

「何度か言ってるけど、両親一緒に住んでないから時間とか気にしなくていいよ。それに……私も、人と隣でゲームするの初めてで、楽しかったし」

「そうか……なら良かった」


 柊は表情や声だけだと感情が読みづらい部分があるが、楽しいと思ってくれていたなら何よりだ。


「じゃあ、また今度な、柊」


 そう言って、俺は柊に背を向けてドアノブを握────


「待って、空風」


 ろうとしたが、柊の声が俺のことを制止した。


「どうかしたか?」


 俺が振り返ってそう聞くと、柊が口を開いて言った。


「また、私の家で一緒にゲームして遊ぼうね」

「あぁ、もちろんだ。柊に負けたまま終われないしな」


 とはいえ、と続けて。


「今のところ、『THE・FPS』だと逆立ちしたって柊には勝てそうにないから、今度は別のゲームとかでも遊びたいな」

「せっかく家で遊ぶんだし、それも良いね。どんなのがいい?」

「そうだな……俺が柊に勝てそうなやつがいい」

「……あるかわからないけど、一応探しとく」

「そこは、一度でも柊にゲームで勝ってみたい俺の意図を汲んで希望を持たせて欲しいところだが……」


 まぁ、探してくれるならそれで良いか。


「じゃあ、今度こそまたな、柊」

「うん、またね、空風」


 柊に背を向けてドアと向かい合った俺は。

 今度こそドアノブを握ってドアを開けると、そのまま柊の家から出て自分の家に向けて足を進め始めた。


「今日は……本当に、楽しかったな」


 俺のバイトや柊のスケジュールもあるだろうから、次に柊の家で遊べるのはいつになるかわからないが……

 俺は、今からその時を心待ちにしていた。

 そんなことを思いながら帰宅すると────


「お兄ちゃんっ!もう19時過ぎてるけど、体休めてって言ったのに、昨日に続いて今日もバイト行ってたのっ!?」


 怒った様子の杏が、俺のことを玄関で待ち構えていた。

 が、俺はすぐにその誤解を解くべく口を開いて言う。


「待て。今日はバイトに行ってたわけじゃなくて、友達と遊んでたんだ」

「お友達?なんだ、そういうことだったんだっ!もう、余計な心配しちゃったっ!」


 安堵した様子の杏。

 これで、もう杏が怒るべきことは何も無くなったため、俺も誤解が解けたことに安堵して靴を脱ぎ玄関に上がる。

 そして、杏とすれ違った時────


「……え?」


 杏が、困惑の声を上げた。


「杏?どうかしたか?」


 俺が振り返って聞くと、杏は動揺した様子で言う。


「お兄ちゃんから、お花の香りがするんだけど……今日は、ショッピングモールとかに行ったりしたの?」

「花……?……あぁ」


 一瞬何のことか理解が追いつかなかったが……

 その言葉が何を示しているのか理解が追いついた俺は、今聞かれたことに答える。


「今日は、同級生の女子の家に行ってきたんだ。だから、きっとその家の香りだ」


 杏に隠す理由も無いため、包み隠さず正直に答えると────


「女の人の、家……?」


 杏は目元を暗くして、暗い声色でそう呟いた。

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