第16話 柊の部屋

「お、女……!?べ、別に、ひいらぎのことをそんな風には見てない!」


 突然の言葉に動揺して言葉を詰まらせながらもそう答えると。

 柊は、ほんの一瞬だけ眉をひそめたような気がするが。

 すぐに普段通りの落ち着いた表情になって言った。


「……冗談だよ。からかってみただけ」

「相変わらず心臓に悪い冗談だな……」


 なんて会話をしながら二人で一緒に歩き、二十分弱ほどしたところで。

 柊の家だという、マンション前に到着した。


「綺麗なマンションだな」

「うん、結構最近できたらしいよ。だから結構設備は最新だし、だからしても他に音が漏れたりすることは無いんだよね」

「それは良いな」


 俺は持ち家の一軒家に住んでいるため、マンションに住む感覚というのはわからないが……

 きっと、上の人や下の人。

 もしくは隣の人がうるさかったりしたらかなり生活しづらいだろうから、防音というのはそういうマンションのデメリットを消してくれるものにもなる。

 柊の場合、プロゲーマーをしているということで、ゲームに集中もしたいだろうからな。

 そんなことを思いながらエントランスの中に入り、そのままエレベーターに乗ると。

 俺と柊は、柊の家があるという五階で降りた。

 そして────


「ここだよ」


 一つのドア前で立ち止まって、柊がそう言った。

 そして、鍵を開けてドアを開けると、俺に中に入るよう促してくる。


「お、お邪魔します」


 初めての女子の家。

 緊張を抱きながらも、俺はしっかりお邪魔しますを言ってからその玄関に足を踏み入れた。

 その瞬間、落ち着いた花の香りのようなものが俺の鼻を通った。


「……」


 俺はいよいよ、本当に女子の家に来たんだな。

 その香りでそんなことを実感していると。

 家の中に入ってきた柊が、ドアを閉めて言った。


「上がっていいよ。私の部屋まで案内する」

「あ、あぁ」


 相変わらず緊張感を抱きながらも頷くと、俺は促されるがままに柊の家に上がった。

 ……俺の家とは全く違って、モノトーンで落ち着いた感じのシンプルな内装だ。

 そんなところにも柊らしさを感じていると、柊が一つの部屋の前で足を止めた。

 そして、ドアを開くと、俺のことを部屋の中に招き入れる。


「っ!?」


 直後、俺は思わず驚きの声を上げる。

 かなり広めの部屋でカーテンが掛けられており、ベッドやローテーブルなど様々な家具が置いてあるが……

 ゲーミングチェアの前に置いてあるテーブルの上にある、モニターアームで浮かされた三枚の大きなモニター。

 さらに、キーボードやマウス。

 他にも全く身知らない周辺機器まで綺麗に整頓されて置かれていて、俺の視線はその部分にだけ注がれていた。


「テ、テーブルの上がいかにもプロゲーマーって感じですごいな……というか、三枚のモニターなんて使うことがあるのか?」

「うん。最初はデュアルでも十分かなって思ったけど、やっぱり今はトリプルで良かったって思ってる」


 俺からしてみれば二枚もモニターを使うことがあるなんて到底信じられないが、プロゲーマーの柊からすればこのぐらいは当然のことなんだろう。


「……ん?」


 ふと。

 そんないかにも最先端さを感じるテーブルの上に、俺は異質なものを発見する。


「これは……ぬいぐるみ?」


 キーボード横に、まるでいつでも見れるようにと置かれた犬のぬいぐるみ。

 腰を屈めて凝視しながら、俺がその異質さに疑問を抱いていると、柊が言った。


「あぁ。それ、結構前にたまたま見つけたんだけど、顔が空風そらかぜに似てたから買ってみたんだよね」

「俺に……?」


 改めて、俺に似てるということを意識して、そのぬいぐるみを見てみる。


「……」


 すると、言われてみれば……

 部分的にではあるものの、確かにどことなく似ていると感じる部分はあった。


「どうして、俺と似たぬいぐるみを、こんなゲーム中もいつでも見れるような場所に置いてるんだ?」

「っ……!」


 そう聞きながら、俺が後ろに居る柊の方に振り向くと────柊は、頬を赤く染めて……

 恥ずかしそうにしながら何か言葉を発そうとするも、声が出ないとでも言うように口を開いていた。

 ────こんな柊を見るのは、初めてだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る