第12話 お兄ちゃんのためなら

「もうご飯ができてるなら、ご飯にしよう」


 ご飯、お風呂、あんという出された三つの選択肢の中から迷いなくご飯と即答した俺は、靴を脱いで家に上がる。

 すると、杏はそんな俺のことを見て大きな声で言った。


「もうっ!選択肢の中に私があるのに、どうして迷わずご飯選んじゃうの!?」

「杏のことを可愛く思ってるからこそ、そんな杏が作ってくれたご飯が冷めないうちに食べたいんだ」

「っ……!そ、そういうことなら、すぐ一緒にご飯食べよ!お兄ちゃんっ!」

「あぁ」


 それから、嬉しそうな様子の杏と一緒にリビングに入ると。

 俺たちは向かい合わせになるように椅子に座って、二人で食事を始めた。

 今日は、野菜とお肉の炒め物と味噌汁のようだ。


「……しかし、ようやくテスト期間と中間テストも終わりか」


 テスト期間と中間テストが終わった後の杏の料理は、身に染みるものがある。

 と思いながら呟くと、杏が頷いて言った。


「うん!本当にお疲れ様、お兄ちゃんっ!これでたくさん、時間に余裕ができるね」

「そうだな」


 このテスト期間は、普段以上に勉強をしないといけない……が。

 何の悪戯か。

 バイトの方も普段以上に忙しかったため、本当に大変だった。

 だが、中間テストという大きなものが終わったことで、杏の言うとおりしばらくの間は時間に余裕ができたと言えるだろう。

 ……これでようやく────


「これでようやく、バイトの時間を元通りにすることができる」

「っ……!?」


 このテスト期間というものは残酷なもので、普段以上に勉強とバイトの両立を求められるにも関わらず……

 どうしても、勉強に集中するためにはバイトの時間を減らさないといけなくなる。

 そして、バイトの時間を減らしたらどうなるのか。

 ────答えは単純で、入ってくるお金の量が減る。

 シンプルだが、これ以上に残酷な事は無い。

 テスト勉強との両立で、体力は普段以上に疲弊しているにも関わらず、入って来るお金の量が減るというこの矛盾。

 いつもいつも、テスト期間はこの難問に悩まされてきたが、今回も無事乗り越え────


「ダメだよ!お兄ちゃん!!」

「……杏?」


 テスト期間という時間を無事乗り越えたと安堵しかけた俺に対し。

 目の前に居る杏は、慌てた様子で俺のことを否定した。

 そして、続けて心配した様子で言う。


「お兄ちゃん、今回のテスト期間は今まで以上に疲れてたみたいだったから、元通りになんてしちゃったら本当に倒れちゃうよ……」


 ……あぁ、そうか。

 俺は、自らの言葉に語弊があったことに気が付き、すぐにそれを訂正する。


「元通りにするとは言ったが、今回のテスト期間で予想以上に俺が杏に心配をかけていることがわかったから、テスト期間よりも増やすとは思うが、元よりは少なくするつもりだ」


 元通りというだけでは、また杏を心配させてしまうと思った俺は、これで少しでも杏が安心してくれたらと思い補足した……が。

 杏は、そんな俺の言葉に対して力強く言う。


「それでもダメだよ!バイトの方は、最低限入らないといけない分だけ入るようにして、それ以外は体を休めることを完全に優先して!私も女優として働き始めたから、もうお兄ちゃんが無理する必要なんて無いよ!……そう」


 力強く言い放った杏は、椅子から立ち上がると。

 目元を暗くしながらも頬を赤く染めて俺に近づいてきて、そのまま俺の背後に回ると────優しいような、甘いような、暗いような声で言った。


「お兄ちゃんは、何も無理なんてしなくて良いよ。これからは、私がお兄ちゃんのしたいこととか、して欲しいこと、どんなことでもしてあげるから。……お兄ちゃんは、私とどんなことがしたい?お兄ちゃんは、私にどんなことして欲しい?私、お兄ちゃんのためなら、どんなことでもしてあげるよ?」

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