第4話 柊雪音

 杏とご飯を食べ終えた俺は、リビングから出て階段を登ると二階にある自室に入った。

 この部屋に入る頃には22時近くになっているというのが最近の普通だったが、今はまだ20時にもなっていない。

 本当であれば、こういう時間に余裕のある時こそ勉強をするべきなんだと思うが……

 無理をしている甲斐もあって、今の時間と同様。

 勉強の方にもかなり余裕があるため、俺はゲーム機の電源を付けるとコントローラーを握り締め、ヘッドホンを装着した。


「あと少しでテストがあると言っても、こういう息抜きはしないとな」


 体も大事だが、精神も同じぐらい大事だというのが持論のため、俺は一つのゲームにログインした。

 ゲーム名は『THE・FPS』という、その名の通りFPSのゲーム。

 バトルロイヤルや少人数同士のチーム対決もあり、その完成度の高さからも今一番人気なFPSゲームと言えるだろう。

 それから、俺が慣れた手つきである人物のログイン状態を確認────しようとした時、ゲーム内のチームに誰かが入って来たかと思えば……


『前から言ってるけど、チームにいつでも入れる状態になってたら、誰かが入って来たことに気付かなくても音は乗っちゃうから鍵掛けといた方が良いよ』


 ヘッドホン越しに、透明感のある落ち着いた声が聞こえてきた。

 この声の主は、ひいらぎ雪音ゆきね

 俺や陽瀬と同じ高校で、クラスは別だが同じく高校二年生の女子生徒。

 だが、ただの女子生徒という訳ではなく。

 高校二年生にしていくつものスポンサーが付いている正真正銘のプロゲーマーで、その腕前は世界でもトップクラスだと言う。

 そして、優れているのはゲームの腕だけでなく……

 今は画面越しのためその容姿を確認することはできないが、柊は容姿まで優れている。

 特徴的なのは、肩より少し上までの鮮やかな青髪と、常に首にかかっているヘッドホン。

 そして、制服の上着の下にはいつもパーカーを着ていて、スタイルも良────


『そんなに黙ってどうしたの?もしかして、こっちの声聞こえてない?』

「あぁ、悪い。聞こえてる」


 考え事をしていると柊がそう聞いて来たため、俺は今考えていたことを振り払って慌てて返事をする。


『良かった、私が入って来たことに気付かず一人ででも始めたらどうしようかと思ったけど……聞こえてるなら安心だね』

「……変なこと?」

『男子が自分の部屋で一人でする変なことなんて、一つしかないでしょ』

「男子が自分の部屋で一人でする、変なこ────っ!」


 その言葉の意味に辿り着いた俺は、思わず一度言葉を切らすと再度口を開いて言った。


「そんなことするわけないだろ!」

『するわけないことは無いんじゃないの?私はもし空風そらかぜが毎日してたって、驚きも幻滅もしないよ』

「あのな、今日は久しぶりにこんな時間からゲームをできるぐらいには時間に余裕があるが、普段はもう少し遅くまでバイトをしているのに加えて中間テストの勉強もしてるんだ。だから、本当にそんなことをする暇は無い」

『……そうだったね、ごめん』


 俺の事情を知っている柊は、落ち着いた声色でありながらも申し訳無さそうに謝罪してきた。


「謝るほどのことじゃ無いから、そこまで重く受け止めないでくれ」


 俺の事情が事情だけに、こういう軽口でも重く受け止められてしまう可能性があったため、俺はそんなに気にしなくて良いとフォローを入れておく。

 すると、少し間を空けてから柊が言った。


『ていうか、空風にはゲーム友達私しか居ないから、誰かが入って来るなんて心配は必要無かったね』

「余計なことを言わなくていい!俺の周りには、ゲームをするのが柊しか居ないんだから仕方ないだろ?……悪いか?」

『ううん、私だってプロ同士の練習とかじゃない、完全プライベートで一緒にゲームするのは空風だけだし。むしろ……』

「……柊?」


 画面越しであるため表情は見えないが、急に黙り込んだ柊のことを不思議に思った俺が呼びかけると、柊が言った。


『何でもない。それより、早速2v2行こうよ』

「わかった。ただ、少し久しぶりだから、もしすぐに死んだりしても────」

『大丈夫だよ。もし空風に攻撃して来る奴が居たら、代わりに私が全員倒すから』

「あ、ありがとう」


 ゲームのことだとわかってはいるけど、柊の落ち着いた声で言われると少し現実味を感じてしまって怖いな。

 なんて思いながら、俺は柊と一緒に2v2、2対2の試合に入る。

 柊は言わずもがなとんでもなく強いが、俺のこのゲームの腕前は……

 柊いわく、平均よりは少しだけ強いということらしい。 

 一聞すると何とも言えないと思うかもしれないが、これでも今までの人生でほとんどゲームをして来なかった俺にしては凄い方で、それも一年前同じクラスになった柊にこのゲームの基礎を教えてもらったからだと言える。


「っ、しまった……」


 久しぶりということもあって感覚が鈍っているのか、前であれば勝てたであろう撃ち合いに負けてしまい、瀕死の状態に追いやられてしまった……が。


『大丈夫』


 相変わらずの落ち着いた声が聞こえてくると……

 柊があっという間に敵2人を倒し、画面には俺たちの勝利であることが表示された。


「悪い、柊」

『私も見てあげれてなかったから、謝らなくていいよ。それより、もっと空風と試合したい』

「そうか……なら、次に行こう」

『うん』


 それから、俺と柊は約1時間の間二人で試合をした。

 俺も柊も叫んだりしながらゲームをする性格では無いため基本的には静かだが、その上で時々さっきのように軽口を投げ合ったりして……

 そんな時間が、俺には心地良かった。


「もう21時か」

『そうだね、今日はもう終わりにする?』

「気持ち的にはもっと遊んでいたいところだが、中間テストの勉強もあるからな……今日は終わりにしておこう」

『わかった』

「じゃあまた────」


 俺が今日の別れを告げようとした時。


『待って』


 柊が、それを制止して来た。


「どうした?」

『最近直接は会えてないから聞いときたいことがあるんだけど、体調の方は大丈夫なの?また無理してない?』

「……」


 今日はよく体調を心配される日だな。

 もちろん、それは迷惑なことではなく、むしろありがたいことだが……

 ここでわざわざ柊のことを心配させる必要は無い。

 ことに加え、柊に限ってそんなことは無いと思うが、今日の陽瀬や白百合先輩、杏が俺の体調を心配して生活を支えたいと言って来たこともあるため、俺は万が一にもそんな心配を掛けないために口を開いて言う。


「大丈夫だ、無理もしてない」

『そうなんだ……でも、だったらどうしてそんなに顔色悪いの?』

「え!?」


 しまった、顔色のことは言い訳のしようが────って。


「画面越しで俺の顔色が見えるわけないだろ!」

『そうだけど、すぐに否定しなかった辺り、本当に顔色悪いぐらい無理してるってことなんじゃないの?』

「そ、それは……」


 俺が言い淀むも、帰って来るのは沈黙だけ。

 このまま何も言わない方が気まずい空気感のため、俺は正直に答えることにした。


「本当は、確かにあまり体調は優れてない……今日、俺の知り合いが、俺の体調を心配するがあまりに俺の生活を支えさせて欲しいなんて言って来たから、そのことを思い出してつい隠してしまった、悪い」


 その答えを聞くと、沈黙していた柊は落ち着いた声色で言った。


『……そういう、ことだったんだ。……空風は、その誘いになんて答えたの?』

「断ったに決まってるだろ?俺の事情で、人にそんな迷惑は掛けられない」

『そっか……そう、なんだ。……それって、相手が迷惑に思って無くても?』


 何故その部分に言及して来たのかはわからなかったが、俺は相手が画面越しにも関わらず、いつもの癖で頷いてから言う。


「当然だ。相手が迷惑に思ってなくても、負担になっていることに変わりは無い」


 俺がそう答えると、柊は少しの間沈黙した……そうだ。


「柊はこのことについてどう思うんだ?」

『……私?』

「あぁ、冷静な柊から、客観的な意見をもらいたいんだ」

『私は……』


 答えを考えているのか、少しの間沈黙した柊。

 だったが、やがてその沈黙を破って言った。


『私も、空風と同じ意見だよ』

「っ!そうか!」


 やっぱり、常に冷静で落ち着いた視点を持つ柊から意見をもらったのは正解だったな。


『うん。もし、今後それ関連で困ったことがあったら私に相談して?空風の相談なら、いつでも乗るから』

「本当か?それは助かる」

『……でも、体調気をつけて欲しいのは私も一緒だから、そこだけは気をつけてね』

「あぁ、わかった……じゃあまたな、柊。おやすみ」

『うん……またね、空風。……おやすみ』


 そのやり取りを最後に、俺はログアウトするとゲーム機の電源を落とした。

 このゲーム友達が、俺の四人の大物な美少女の知り合いのうちの一人……ひいらぎ雪音ゆきね

 今日の雰囲気からも分かるように、基本的には落ち着いているが、だからと言って堅いわけではない、一緒に過ごしていて楽しい女子だ。

 そして、一時間ほど中間テストの勉強をした俺はお風呂に入ると。

 陽瀬や白百合先輩、杏がもし今後も似たようなことを言って来たからどうするかについて考えながら、眠るまでの時間を過ごした。



 ────が、実はその三人と同じ考えを持っている人物が、すぐ近くに居ること。



 ────そして、そのもう一人も含め、四人が俺との関係性の進展を図ろうとしていることを……この時の俺には、知る由も無かった。

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