第2話 白百合純恋

 昼休み。

 気分的に、そして昼食後静かな場所で集中して単語勉強をするという実利的な理由で、俺は屋上にやって来た。


「……」


 ほとんど人は居ないが、一人だけ。

 柵の手前に立っている、雪のように綺麗な白の髪をした女子生徒の後ろ姿を発見する。

 俺は、その女子生徒に近づいて、隣に立つと話しかけた。


白百合しらゆり先輩、今日もこの景色を眺めてたんですか?」


 俺がそう聞くと、白百合先輩はそのサラサラの髪を靡かせながら俺の方を向いた。

 続けて、俺の顔を見ると、嬉しそうに微笑んで言う。


りつさん、今日もお会いできて嬉しいです……仰る通り、ここからの景色を楽しませていただいていました」


 相変わらずな気品溢れる振る舞い。

 後輩である俺に対して敬語を使っている。

 ということからもわかることだが、この女性。

 白百合しらゆり純恋すみれ先輩は、とても生まれが良い。

 様々な分野の企業をまとめている大企業グループ、白百合グループの一人娘であり、容姿端麗、才色兼備、文武両道。

 他にも似つかわしいような四字熟語が無数にありそうな女性、それがこの白百合先輩だ。


「前から疑問だったんですけど、毎日昼休みは屋上に居るんですか?」


 昼休みに屋上に来る度にあっているような気がしたため俺がそう聞くと、白百合先輩は頷いて答える。


「移動教室などで来られないことはありますが、基本的にはそうですね」

「そうなんですね……そんなにここからの景色が好きなんですか?」

「もちろん、ここからの景色は大好きですが……私が毎日のようにここに居る理由は、他にもあるのです」

「他にも……?どんな理由なんですか?」


 俺が疑問に思っていると。

 白百合先輩は、頬を赤く染めて、俺に微笑みかけるようにして言った。


「それは……秘密です」

「そうですか」


 まだ……ということは、いつかはその理由というものを明かしてくれる日が来るんだろうか。


「それにしても……本日は、今までに無いほど疲れたお顔をしているようですが、何かあったのですか?」

「あぁ……」


 朝自分で鏡を見た時は、まだ寝起きだから少し醒めていない顔をしているぐらいにしか思わなかったが……

 陽瀬にも心配された通り、今の俺はかなり疲れた顔をしているらしい。


「バイトの方が連日で忙しかったのと、中間テストの勉強を並行していたらこうなりました」

「っ!またお仕事の方を、ご無理なされたのですか?」

「……少しだけ」

「……そう、だったのですね。……ひとまず、昼食を取るためにもあちらのベンチへ移りましょうか」

「はい」


 そう言ってくれた白百合先輩と一緒に、俺は屋上のベンチへと向かう。

 相変わらず、隣を歩く白百合先輩は身長が高く、体は細いが出るところは出ていて。

 顔や手はもちろんのこと、ニーハイソックスから覗く肌も色白で、透明感があった。

 それに、とても良い香りが────なんて、思わずとても言葉にはできないことを考えてしまっていると。

 すぐに屋上のベンチに到着したため、俺たちは隣り合わせになる形で屋上のベンチに腰を下ろす。

 そして、俺は相変わらず白百合先輩のお弁当箱が、漆器しっきというお弁当箱にしては割高な工芸品で作られていることに驚きながらも、自らのお弁当箱の蓋を開いた。

 蓋によって閉じ込められていた料理たちの香りが一気に香ってくると、白百合先輩が俺に向けて言う。


「お体の方は、大丈夫なのですか?」

「そんなに重症なわけじゃ無いので、大丈夫です」

「本当ですか?もしお疲れなのであれば、私の膝の上で少しの間仮眠をとっても良いのですよ?」

「ひ、膝の上で!?」


 そ、それって、膝枕────じゃない!

 とにかく、白百合先輩に余計な心配をさせないようにするんだ。


「確かにちょっと寝不足で倦怠感は感じますけど、それぐらいなら前にもあったことなので、大丈夫です」

「そう、なのですね……律さん」

「はい」


 突然、改まって名前を呼ばれたため俺が返事をすると、白百合先輩は言った。


「以前からお伝えさせていただこうかと悩んでいたのですが……律さんさえ宜しければ、私と共に生活致しませんか?」

「……え?と、共に生活、ですか……?」


 俺が聞き返すと、白百合先輩は頷いて続ける。


「私であれば律さん、そして律さんの妹さんも含め、何も問題なく生活を支えさせていただくことができます」


 確かに、白百合グループの一人娘である白百合先輩なら、そのぐらいはできるだろう……でも。


「ありがた────」


 俺が、断らせてもらう言葉を伝えようとした時。

 白百合先輩は、頬を赤く染めると。

 俺の手に自らの手を重ね、今まで見たことのない、優しくもどこか妖艶な表情で言った。


「長い月日の労働でお体が疲れているのであれば、休養を取るもの良いでしょう。我が家には、少なく見積もっても一年の間は外に出ずとも食料に困らない状態が完備されていますので、無理に家から出る必要はありません。いえ、私としては、一年と言わず例え一生涯だったとしても────」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 言葉が終わるのを待っていたけど、どこまでも止まりそうに無いほどの勢いだったため、俺は制止して言う。


「白百合先輩のお優しい提案は本当にありがたいというか、痛み入るんですけど、俺はここでその先輩の優しさに甘えてしまいたく無いんです」


 俺がそう伝えると、白百合先輩は目を見開いて、少し間を空けてから言った。


「律さんがそう仰られるのであれば、私も本日のところはこれ以上何も言いません」


 ですが、と続けて。


「どうか、ご自身のお体の方を大事になされてください。そして、仕事場に何か問題があると言うのであれば、私に一言教えていただければ致しますので、いつでもお教えください」


 白百合グループの一人娘、白百合先輩から放たれる対処、という言葉。


「い、今のところは大丈夫ですけど……わかりました」


 それほどまでに恐ろしいものは無いと思いながらも俺が頷くと、白百合先輩は優しく微笑んだ。


「では、そろそろお食事にすると致しましょうか」

「そうですね」


 その後、俺と白百合先輩は、晴天の空の下。

 二人で穏やかに昼食を食べた。

 この人が、俺の四人の大物な美少女の知り合いのうちの一人……白百合しらゆり純恋すみれ先輩。

 さっきは少し様子がおかしかったみたいだが、基本的には穏やかで優しく、俺の尊敬している先輩だ。

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