第9話 レディー

 ──あああああああああぁぁぁぁッ!!

 もうやだぁぁぁぁぁぁッ!!!!

 お家帰ってずっと寝てたいいいいぃぃぃぃッ!!!!!!


「……はぁ」


 もうやだ。やだすぎ。

 オレの精神年齢は赤ちゃんなので6年前の方がまだフィットしていたと言える。

 誰だよ、フラグ立てたの。

 オレか。オレしか居ないか。はは。


「オーホッホッホ! 『エンドリィ・F・リガール』! お勉強はできても魔法は全然使えないみたいねっ! ワタシがケイリとして雇ってあげてもいいわよー?」

「あはは……」


 ユーティフルが高笑いしながら絡んでくる。

 あぁ、この子の経理ならそこそこ待遇も良さそうだなぁ、なんて思考になってしまっている。


 ……在学一週間。魔法訓練が始まって三日。

 オレは今、壁にぶち当たっている。


「見ていなさい! 魔法というモノはこうやるのッ! レディー! 『極小炎属性魔法ディシィファイア』!」


 ユーティフルが水色の髪をサラリと手で流しながら『宣言レディー』し、腕を前へと伸ばす。

 すると、的に向かって比較的控えめな炎が直線上に飛んだッ!


「あっはは、ユーティフルさんは凄いですね。見習いたいです!」

「オーホッホッホッ! そうでしょうそうでしょう!」

「さすがです! おじょうさま!」

「エフランクなんかとクラベモノになりませんね!」


 取り巻きの女子二人がユーティフルを褒め称える……典型的だな。


「……ワタシを持ち上げるのはいいでしょう。ソレに値するノウリョクを持っているのだから」


 先ほどまで上機嫌だったユーティフルの声が低くなる。


「けれど、エンドリィを乏しめるのはやめなさい。ワタシはこの子に筆記試験で負けている。さっきの言葉はワタシへのブジョクだと捉えるわよ?」


 オレのことを『Fランク』だと言った女子に鼻が付く距離まで近づくと、人形のような美しい顔を歪ませて警告する。

 その声は明らかに怒気を孕んでいた。


「ひっ……! ご、ごめんなさいっ! おじょうさまっ!」

「わかればよろしいっ! それじゃあ、元の場所に戻るわよ〜! オーホッホッホッホ!」


 また高笑いしながら、本来彼女らが与えられた的の場所まで戻っていく。

 かっこええ〜。自分の『芯』がある女だ。令嬢とはこうで在ってほしいものだ。


 ……それはそれとしてどうしたものか。


「あの、エンドリィ、ダイジョウブでした? ユーティフルさんたちにからまれて」


 心配そうな顔でカインが近づいてくる。


「全然大丈夫ですよ! それよりも魔法が使えないことを悩んでいて……」

「むずかしいですよね。ボクもキノウようやくできるようになりましたから。『ニンゲン』と『コビト』のハーフなのになさけないハナシです」

「いや、そんなことは……」


 種族によって魔法適正は違っており、小人は人間よりも魔法適正があるのだ。

 カインが気にするのも無理もない話だろうが……。


「ちょっとみていてくださいね。レディー!」


 カインが伊達眼鏡をクイッと上げて、『宣言レディー』する。

 ……そう、『宣言レディー』。

 この世界の魔法の特殊な要素にコレが挙げられる。

 使用する魔法のことを思い浮かべながら『レディー』と宣言しなければ、その魔法は使えないのだ。


 言葉で説明するのは簡単なのだが、実際にやってみるとなるとコレが難しいんだ。


「『極小土属性魔法ディシィソイル』!」

「……おお!」


 カインが人差し指を前に向けると、土の塊が的へと飛ぶ。


「……こんなかんじで、レディーをするときにはなにかドウサをきめたほうがいい、というのはセンセイからおそわりましたよね?」

「はい。私は『胸に手を当てる』という動作にしました」


 髪を手で流す、眼鏡を上げる。それらは無意味な動作ではなく。


「ふむ、そのドウサをかえてみるか……」

「ごっ、ごめんなさーいっ!」

「へ?」


 カインの言葉にうんうんと頷いていたが、声の方向を見る。

 と、何かがオレの顔面に思いっきりぶつかり。

 いってえええぇぇぇぇッ!!


「こらっ、アナタ! マホウはマトにむかってうたないとッ! ダイジョウブですかエンドリィ!?」

「ホントにごめんなさいっ! コントロールがきかなくてっ!!」

「あっはは、次は気をつけてね……」


 ボロボロと何かが落ちる。

 どうやらオレは土属性魔法をくらったようだ。

 極小級でよかったよ、本当に。


「ボク、センセイをよんできますねっ!」

「わ、わたしもいきますっ!! ほ、ホントにごめんなさいでしたーっ!」


 二人が先生を呼びに行く。

 ……なんか急に一人になったな。


「ちょっとアナタ! 大丈夫ですの!?」


 ……なんて考えていたそのとき。

 なんと、空から突然中学生か高校生くらいの美少女が降ってきた!

 冷静に考えるなら、風属性魔法だろうか。


「えへへ、大丈夫で……あ」


 土は殆ど払い除けたのだが、鼻から生温かい何かが伝う。


「あらあら、鼻血を出して……アナタ、何属性の魔法が使えますの?」

「それが、まだわからなくて……」

「わからない!? それはまた珍しい……って、それじゃあ『回復魔法』は使えませんわねッ!」


 そう、『回復魔法』にも属性があり、被使用者にその属性の適性が無ければ、逆に傷を与えかねないのだ。


「あはは、すみません、大丈夫ですから……」

「いいえ、放ってはおけませんわ! ほら、このハンカチをお使いになって?」

「……いいんですか?」

「遠慮はいらなくってよ!」


 との事なので、遠慮なく鼻血を拭かせてもら……ったんだが、コレ、どう考えても高いハンカチだよな?


「ごめんなさい、こんな高そうなハンカチを汚しちゃって……!」

「お気になさらないで! そのハンカチはアナタに差し上げますからっ!!」

「ええっ、そういうわけには……」


 貰えるものなら貰いたいが、ここでありがとうございますと受け取るわけにもいかないだろう。


「それよりもっ! アナタ、自分が使える魔法の属性がわからないと仰いましたわね!?」

「え、ええ……!」

「本来なら、『自分に合った属性』を一つは理解しているはずですわ! それすらもわかりませんの!?」

「ええ、お恥ずかしながら……それに加えて私、特殊能力も持っていなくて」


 物心がついたときから『自分に合った属性』がわかる……これを『生来属性しょうらいぞくせい』というらしいが、オレにはわからない。

 同じように物心がついたときからわかるはずの『特殊能力』がわからないことも思い出して、無性に悔しい気持ちになった。


「……っ! そうなんですの。アナタ、名前は?」

「……『エンドリィ・F・リガール』です」

「あらっ、アナタが噂の神童ちゃん? なるほどなるほど……ワタクシは『エスト・B・スー』! 九年生ですわ! よろしくお願いしますわね、エンドリィ!」


 九年生、ということは日本で言う中学三年生で……つまり、十四歳か十五歳というわけだが、あまりにも大人びている感じがする。

 オレが幼女だから余計にそう思うのか?


 縦ロールの銀髪と赤色の瞳が何とも美しく、スタイルも抜群に良い美少女だ。

 Bランクなのにオレにも手を差しだしてくれるという性格の良さも兼ね備えていて……完璧なお嬢様という感じで。


「よっ、よろしくお願いします……!」


 思わず吃ってしまった。この感じ、久しぶりだな。

 握り返した手、震えてないよな……?


「……それで、エンドリィ。アナタ、レディーの動作は決めまして?」

「はい、こんな感じなんですけれど……」


 オレは胸に手を当てて、エストを見る。


「一度『そう』と決めたのなら、その動作は継続して続けると良いですわっ! 問題は属性と……ねぇ、エンドリィは全属性、試してみまして?」

「ええ、そうしてみたんですけれど……」

「ソレは『極小級』のみですの?」

「もちろん……『極小級』が使えなければ、『小級』魔法もきっと使えませんから」

「いいえ、そうとも限りませんわ? エンドリィ、『小級』魔法も全属性試してみなさい!」

「……えっ、ええっ!?」

「はいっ、まずは『光属性』から!」


 基本のキが出来ていないのに!?

 ……だが、この状況で試さない訳にもいかないだろう。


「……レディー」


 オレは改めて胸に手を当てて、光を想像する。

 炎や水よりも具体的なイメージがつきにくいが、ここは懐中電灯くらいのサイズの光をイメージしつつ……。


「『小光属性魔法ライト』ッ!」


 腕を前に掲げて魔法名を唱える。

 すると、手から光が溢れ出し、的へと一直線に向かっていく。

 その大きさは一年生のみんなが使うソレよりも大きなものだった。


「あらっ、一発目から大当たりッ! やりましたわねっ!」


 エストが満面の笑みを浮かべる。


「さ、最初から『小級』だなんて……」


 我ながら自分のしたことに驚いている。

 こんなことあり得るのか。


「『極小級』が出せなくて『小級』は出せることもありますのよ! かくいうワタクシも昔はそうだったものっ!」

「なるほど……」

「例が少ない上に、やっていることはセオリーを破壊する行為なので、メジャーな本には載っていないかもしれませんけれどね!」


 セオリー、思えば生まれてから6年間破壊し続けてんな。

 オレ、やっぱり優秀なのでは……? いやいや、思い上がるな。それでさっき赤ちゃんになってただろ。


「『エスト・B・スー』、小職の生徒が世話になったようだな。貴様も己の授業へ戻るといい」


 カイン達と共にナウンスがやって来た。

 そうか、エストは自分の授業を放り投げてまで此方に来てくれたのか。


「ええ、わかりましたわっ! ……それでは、またお会いしましょうね、エンドリィ! レディー、『大上昇魔法ウィンドアップヘクティア』!」

「は、はい……!」


 パチンとウィンクを決めて風魔法で飛び去っていくエスト。

 カッコよく感じるとともに、学校の制服がパンツスタイルである意味を理解した。

 ……いや、別に見えてもオレは『何も感じない』だろうけれど。


「『エンドリィ・F・リガール』……まさか訓練開始から三日目にして『小級魔法』を使用するとはな。あの『エスト・B・スー』と同じタイプだったか。120点だ」

「むぅ、ボクが教えたかったのに……」


 拍手しながら真顔でオレを褒め称えるナウンスと、残念そうな表情を見せるカイン。


「あっはは、『極小級魔法』のイメージはまだついていませんから、よければカインさんに教えてもらいたいなーって……」

「そ、そうですかっ! いいですよっ! つきあってあげますっ!」


 パァ、と表情が華やぐカイン。この子も結構可愛いなぁ。


「あ、あのエスト様に直接指導されるだなんて! それも『小級魔法』を……!? キーーッ!!」


 ユーティフルが人形のような美しい顔を悔しさに歪ませる。

 あまりのテンプレっぷりに思わず笑いそうになったが、ここは真顔でいこう。


 ……このハンカチ、何度か洗って汚れが取れたら返しにいかないとな。んで、あわよくば貰ってしまおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月30日 08:01
2024年12月1日 08:01
2024年12月2日 07:01

殺された陰キャのオレは異世界で神童と称される〜可憐な乙女として友達いっぱいで順風満帆な今世を生きる……はずが!?〜 未録屋 辰砂 @June63

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画