異世界にも慣れてきた頃

第3話 (Fランクだけど)立派な幼女になりまして

「はぁ……可愛い〜」


 姿見に映る自分の姿にため息が漏れる。

 前世と違って、それは悪い意味ではなく。


 クリクリとした大きな青い目、ぷにぷにのほっぺた、金髪のパッツンヘアがよく似合う美少女……いや、美幼女だ。水色のワンピースもそれはそれはよーく似合っている。

 毎日こんな可愛い幼女が見れるなんて、それが自分だなんて、幸せすぎる……!

 なんて、毎朝幸せを噛み締めている。


「うんうん、エンちゃんは今日も可愛いわよ〜!」

「可愛いだけじゃなく頭も良いんだよねー!」

「えっへへ、ありがと! パパっ、ママっ!」


 6歳になった今も神童扱いは変わらない。

 けれど……。


「エンちゃんもいよいよ学校かぁ。王都の学校に行くことは祝うべき素晴らしい話だけど、本当に寂しくなるね……」


 そう、学校が始まる。

 つまり、魔法を使うようになるわけで。

 オレにとっては未知の領域に踏み入るわけだ。

 オマケに、神童扱いが伝わってか、オレは王都にある学校に招かれることになったのだ。


「ママ達もお引っ越しできたら良かったんだけど、流石に王都はねぇ」

「んーんっ、だいじょーぶっ! この村よりも大変なところなんだもんねっ!」


 大変なところ。

 それは、物価の高さのことでもあるし、職の供給の少なさのことでもあるし、差別意識の高さのことでもある。

 ……そう、差別意識。


「うぅ、エンちゃんをそんなところに送るなんて不安すぎるよー!」

「それでも、王都の学校なんて片田舎の村に住む私たち低ランク者にとっては夢のような話よ? エンちゃんのためにも、一度は挑戦しておくべきじゃないかしら」

「うんっ、私、頑張ってみるねっ!」


 ……低ランク者。

 オレの今世の名は『エンドリィ・F・リガール』。この真ん中のアルファベットが『人間ランク』を指しており、オレは人間として最低ランクの『F』だ。

 この人間ランクがどうやって決まるかと言うと、基本的に両親の人間ランクの一段階下になるというもので。

 特に幼少期においては、現代日本と同じように、いや、それ以上に親というものに強い意味がある。

 故に、ママがこの機会を逃したくないのもよくわかる。オレだって叶うなら良い暮らしをしたいからな。


「もちろん、無理だーって思ったら正直に言うんだよ」

「そうそうっ、エンちゃんの心と身体が一番大事なんだから! そのときは帰っておいで!」


 そんな事、前世の親は言ってくれなかったな。

 いや、言ってくれていたのかもしれないけど、もう耳を通り抜けてしまう状態になっていた。


「えっへへ、わかった! ありがとっ、パパっ、ママっ!」

「……さ、迎えの馬車が来たわね。準備は出来た?」

「うんバッチリっ!」


 両腕で丸マークを作るオレを抱きしめる両親。

 この六年間、愛情を注いでくれたことに感謝して、オレからも抱きしめる。


「それじゃ……行ってきます!」


 玄関の扉を開いて、オレは振り返って両親に一礼する。

 手を振る両親に名残惜しさを感じながらも、オレは小型の馬車に乗った。


「……ん! おみゃーも『しんにゅーせー』か! おっはよぉ〜!」


 馬車には先客がいたようで、元気よく挨拶される。


「えっへへ、おはようっ! 私、貴女みたいに猫の耳と尻尾が生えてる人を見るの、初めてっ!」


 そう、先客の容姿は、ややボサボサ気味の黒髪に猫のような耳が生えていて。同じく猫のようなパッチリと、それでいて鋭い金色の瞳とユラユラと揺れる尻尾が特徴的だった。いわゆる獣人というヤツだ。

 うーん、オレと匹敵するくらいの美幼女。


「おお、そーかそーか! ちょっとだけならさわってもいいぞ〜っ!」

「本当っ!? わーいっ!」

「にゃははっ、ちょっとくすぐったい〜!」


 触ってもいいとのことだったので、遠慮なくそうさせてもらう。

 オレの前世は猫アレルギーだったから飼うことはできなかったが、こうやって触るの、憧れだったんだよなぁ。

 滑らかで、それでいてホワホワしていて、なんとも言えない幸福感が湧き上がる。

 本物の猫でも耳や尻尾は触らせたがらない個体が多いと聞くので……なんというか、感動がすごい。


「……えへへっ、ありがとっ。触ってる時間、長くなかった?」

「にゃはは! そのときはちゃんとゆーから、だいじょうぶだっ!」


 まだ舌足らずな喋り方がなんとも可愛らしくて、思わず口角が上がる。

 今のオレが幼女でなければ不審者として即通報ものだっただろう。


「……あっ、そだそだっ! みゃーは『ケアフ・E・アール』! おみゃーは?」

「あっ、そうだったね。ごめんなさい、私ったら……『エンドリィ・F・リガール』だよっ! よろしくねっ、ケアフちゃん!」


 正直言って、手を差し出すのは抵抗があった。

 オレがいた村は殆どがFランクで上役たちがEランクで、そこまで格差らしい格差はなく上役達の人当たりもよかったけれど、やっぱり溝を感じていて。


 この手を払い除けられるんじゃないかって、そんなことを考えていたから。


「おぉっ、よろしくなっ! エンドリィ!」

「……えっへへっ!」


 それでも、ケアフは笑顔でこの手を握ってくれた。

 子どもだからなのか、彼女がそんな事気にしないタイプだったからなのかはわからないけれど。

 オレが今嬉しいと思っているのは確かなことで。


「よぉ、お二人さん、自己紹介は済んだか? もう一人、王都近くの村に新入生を迎えにいくからな! それまでゆったりとお話でもしていてくれ!」

「「はーいっ!」」


 御者のおじさんの声がけに、オレ達は声を揃えて元気よく返事をする。

 何の話をしようかな。無難に好きなものの話でも……。


「それじゃあ、飛ばしていくぜえええええぇぇぇぇ!!!」


 ぐわんぐわんぐわん!!!!

 おいバカバカバカバカバカバカ馬鹿ッ!

 馬鹿なのか!? ゆったりとお話とか言ってたじゃんかよぉっ!!


「なぁなぁ、エンドリィ、すきなたべものってなんだー? みゃーはおさかなーっ!!」

「あっはは、私は……痛っ! 舌噛んじゃったっ!!」

「だいじょうぶかエンドリィ!?」


 こんな中で平然と話しかけてくるケアフに苦笑いしながら、オレ達は次の村へと向かった。

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