第2話 オレが赤ちゃんになった日
数分、数時間、数日、数ヶ月……もしかしたら数年、十数年もどこかを彷徨っていた気がする。
「おぎゃあああああああああああ!!」
気づけばオレは泣き叫んでいた。
なんだよおぎゃあああああああって。
赤ちゃんかよ。
「おめでとうございます元気な女の子ですよー!」
赤ちゃんだったわ。
赤ちゃんだったわってなんだよ。
……輪廻転生なんて信じてなかったけれど、まさかそういうことか?
記憶が引き継がれるなら、前のオレは人生一周目ってことだが……もしや、人生二周目三周目のヤツらもいたのか?
どうりで生きづらく感じるわけだ!
「よく頑張ったなぁ、エラン!」
「うふ、ふ……立派な魔法使いになってくれるかしら?」
……今魔法って言ったな?
え、もしかしてこれ、ただの転生じゃなくて異世界転生!?
チートで無双とかできますか!?
特に女神様と出会った記憶とかないけどさ!
……なんて、流石に都合がいいよな。
人生なんてどこで生まれようがクソだ。
期待しちゃあいけない。
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「あぶ、んむ」
ごはんうめっ、ごはんうめっ。
生まれて間もない赤ちゃんのご飯は、その、母乳なのだが、不思議なことに食欲しか湧かない。
今世の母さん、かなりの美人なのに。
……それはともかく。
「あみゃー、うぶ、んにゃ〜?」
この言葉が聞こえますか〜?
なんて話してみても赤ちゃん特有のむにゃむにゃ語に変わってしまう。
「あら〜、どうしたの〜? 反対側のおっぱいの方がいいの〜?」
ちげ〜よ! 別にどっちの乳だろうが味変わんねぇよッ!
だが、これは言葉が伝わるとわかるチャンスじゃないか!?
オレは右乳左乳を交互に見て、少し間を置いて右乳を指してみた。
「あらっ、この子、言葉がわかるのかしら!? パパ〜! ちょっと来て〜!」
「……どうしたどうした?」
「この子、まだ生まれて三日なのに言葉がわかるみたいなの!」
「はは、そんなはずがないだろう。まだ首も座ってないのに」
たしかにパパの言うことはもっともだ。今、オレの首は支えがなければグデングデンする有様だ。
そんな赤ん坊が言葉を理解できるというのはにわかに信じ難いに決まっている。
「じゃあ試してみよう。パパと同じように指を立ててみてくだちゃいね〜」
赤ちゃん言葉を言いながらパパは指を三本立てた。
「あぃ〜」
そしてオレも三本指を立ててみる。
「…………!」
パパはママと顔を見合わせて、それからもう片方の手で指を二本立てた。
「…………」
すぐさま立てようと思ったが、それではただ真似をしているだけだと思われる。少し待つことにしてみた。
「……もう片方の指も同じように立ててみてくだちゃいね〜」
きたきた。オレはその言葉に応じてもう片方の指を二本立てる。
「……すごい、すごいぞ!」
「ね、ねえ、パパの指の本数を足したら何本になる?」
「おいおい、流石にそれは……」
赤ちゃんだと思ってバカにしてるな?
いや、赤ちゃんなんだけど。
オレは片方の腕を下げ、もう片方の手で指を五本立てる。
「キャーーーー! この子天才だわーー!!」
「あ、ああ……まさか僕たちの子供がこんな!」
「ね、ねっ、次に僧侶様がやってきたら思いっきり自慢しちゃいましょう!」
「ああ、そうだな……!」
……おい、ちょっと待てよ。そうなったらこの噂が広まってめんどくさいことにならないか?
別にそこまではしなくていいんだよ。
ただ暇な時に本とかをくれたり飯が食べたい時に飯をくれたり、そういうことをしてくれればいいだけでさー。
次に看護師……僧侶様か、がやってきたら言葉がわからないフリをするか。
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「天才……この子は天才です!」
わからないフリをしようとか考えてたオレへ。
ホンマごめん、許して。
だって仕方ないじゃん!
赤ちゃん、楽しすぎる……!
ただでさえみんなが積極的に構ってくれるのに、少しでも意思が通じるとわかれば天才扱いだぜ!?
前世の幼い頃を思い出してノスタルジーを感じるとともに、それ以上の快感が押し寄せてきてヤバいぜこれは!
「ちょっと失礼」
「な、なんですかアナタは……」
「ああっ、ゼションさんッ!」
「ゼション君ッ! よく来てくれたねッ!」
「ゼション……あのSランクの!? あわわっ、すぐに退きますっ!」
「そういう挨拶はいいので……ボクはこの子に用事があって来たんです」
「あぅ〜?」
艶やかな黒髪と緑色の瞳、憂いを帯びた表情……モノクルがよく似合ってるイケメンだ。
……それはいいんだけど、誰だ?
「……これと、これを掛けた数はわかるかい?」
そう言って両の指を二本、四本と立てるゼションと呼ばれた青年。
オレは即座に八本の指を立てた。
「……よし、よし」
「あぅ〜、きゃっきゃ!」
先ほどまでの憂いを帯びた表情から一転、柔らかな笑みをオレに向けながら頭を撫でるゼション。
いやぁ、悪い気はしないねぇ〜。
「ねっ、ねっ、凄いでしょ! うちの子!」
「アナタほどの天才……とまではいわないけど、きっとこの子も優秀な魔法使いに!」
「それでは、ボクはこれで」
「……ああ、はい」
あれ、なんか反応が冷たいぞ?
前世のオレみたいにコミュ障だったりするのか?
「……ねー、ゼションさん、親戚から天才が出たっていうのに冷たいわね〜」
「本人が『全属性の魔法』を使える天才なんだから仕方ないよ。今はこんなに賢くても、魔法適正となると話も変わってくるからなぁ……あまり期待しすぎないようにしよう、この子のためにも」
十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人、なんて言葉もあるくらいだ。パパの言うことは間違ってないだろう。
かくいう前世のオレも神童とまではいかないがこのタイプだったし。
それに、自分に魔法の適性があるか気になって起きている間は眠れないのも事実だ。
そうだね! と同意しておこう。
「あぅ〜え!」
「『失礼な〜! 大人になっても私は天才だよ〜!』ってこの子が言ってるわ!」
全然違うわ。そんな文量を詰め込めるほど長くなかっただろ。
「はっはっは、ママもボクも魔法適正はイマイチだったからね。期待してしまうのも無理はないか」
「うふふっ、立派な魔法使いになってね、エンドリィ!」
エンドリィ。
そう、この世界でオレは、エンドリィと名付けられた。
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