殺された陰キャのオレは異世界で神童と称される〜可憐な乙女として友達いっぱいで順風満帆な今世を生きる……はずが!?〜

未録屋 辰砂

エンドリィ・F・リガールと黒き願い

プロローグ

第1話 オレが殺された日

「はい、今から担当の窓口にお繋ぎしますので」

『あーーっ、もういいよっ!!』


 受話器から耳の穴へと響く老人の怒声。


「あっ、そこまで……切れちゃった」

「何、『敵』怒ってた?」

「おそらく部署を、た、たらい回しにされてたみたいで……同じ部門まで辿り着いたんで、あああと五秒待ってくれたら繋げられたんですけどね」

「そんな事もあるよ。切り替えてこう」


 オレは上司に慰めながら気持ちを切り替えて仕事に戻った。


 ……なんて、そんなことができればよかったんだが、仕事中も、帰宅している今も、あの老人の怒鳴り声が脳に響いていた。

 オレが吃ってるのが悪かったのか? 数秒で繋げますとすぐに言えたら良かったのか?

 いや、どの道電話は切られていた気がするけど……ああ、モヤモヤするなぁ。

 そもそも、オレにそんなに怒鳴らなくたっていいじゃないか。

 部署を間違えて内線を掛けたヤツが悪いだろ。

 なんて、相手にしてみたら知ったこっちゃないこともわかっている。


 ……大学をストレートで出たはいいものの、公務員試験以外まともに就活をしておらず、その公務員試験も特に勉強せずに挑んだため、無職となり。

 一年『無』を経験した後にもう一度勉強しないまま民間企業を受けたらなんか受かっただけの人間。

 特に目標も無ければ仕事を頑張る気力もない、生きる屍。

 給料は悪くない、残業だって殆ど無いに等しい。

 勉強もせずに得られた仕事だと考えるとあまりに良すぎる職場だ。

 それなのに今の職にも魅力は感じず。

 勉強しなかったことが仇となり、仕事についていくことがだんだんとできなくなって、そして時間外の勉強を『自己犠牲だ』とバカにしている節もあって……そもそも勉強の仕方がわからないからスキルアップも厳しくて。

 こんな27歳、職場に、いや、社会に必要か? 要らなすぎるだろ。


 なんて負のスパイラルが脳内で渦巻いてる間に帰宅する。わざわざ引っ越して一人暮らしを始めたとはいえ職場の近さも魅力的とは言えるが……。


「……はぁ」


 洗面所の鏡に映った自分の顔を見て、ため息が漏れる。

 ……顔が良くない。最悪とか悪いとか他人に言われようものならそれはもう猿のようにキレてしまうけど、顔が良くないのはあまりにも変えようがない事実で。

 それに、鏡を真っ直ぐ見つめても横にズレる左目。いわゆる斜視というやつだ。

 これを見られるのが嫌だから、不気味だとか思われたくないから、人の目を見て話すのが苦手だ。


「……って、コンビニに寄り忘れた」


 今日はちょうど冷蔵庫に食料が無い日で、コンビニで飯でも買おうと思ってたんだ。

 酷暑の中歩くのは嫌だから、出前でも頼もうかと思ったが……高い。腹を満たそうと思えば余裕で2000円を超える。

 コンビニなら、まあ……1000円くらいで満足できる。

 それなりの給与は貰ってるとはいえ、出費は出来るだけ抑えたい。その分ゲームで課金したいから。


「お願いしまーす」


 そんなわけでコンビニに来た。

 店員にお願いしますというときはなんとか言葉が突っかからないで済む。


「はーい、袋いりますかー?」

「あ、お願いします」

「お箸は何膳おつけしますか?」

「あ、1膳で」


 冒頭の『あ』をどうにかして止めたい。というかラーメンを二杯買ったものだから複数人で食べるものだと思われているかもしれない。

 はい、オレは小デブです……。


「1028円になりまーす」

「あ、交通系ICで」

「はーい、レシートいりますか?」

「あ、大丈夫です……」

「……お兄さん、いつもよりお疲れですよね」

「……え?」

「あっ、すみません話しかけちゃって。ただ、ゆっくり休んでって伝えたかっただけです」


 女性の店員に微笑みながらそんなことを言われて泣きそうになる。

 オレ、そんなにも疲れてるように思えてるのか。

 というか、顔覚えられてるの気まずすぎる……。


「あ、ありがとうございます」

「はーい、ありがとうございましたー!」


 とはいえ、慰めの言葉をかけられるのは悪い気はしない。


 ……しかし、ただ漠然としている後悔は消える事はない。

 こんな27歳になるはずじゃなかった。

 趣味で書いていた小説が書籍化するもんだと思ってた。それで食っていけるもんだと思ってた。

 けれど現実はそこまで甘くはなく。

 漠然と、死にたい気持ちになる。

 親に話しても『死ぬな』と『生きててほしい』の一点張りでオレの『生きる事が苦しい』にはまともに向き合ってくれない。

 苦しいから一旦働くのをやめたいと懇願してみても、働かなければ人間じゃ無いような言い草で叱られるし。


 惨めな気持ちになりながら玄関のドアを開ける。


「…………え?」


 ドアが閉まる音と共に、背中の一部が急激に熱くなる。そして猛烈な痛みが全身を走って。


「あ、ああッ! あああぁぁッ!!」


 床に倒れたオレは、何度も何度もやってくる痛みに叫んでしまう。

 背中を滅多刺しにされている。

 一体どうして? オレは恨まれるほどの人間では無いのに……。


 せめて犯人の顔を見ておこう。そうすれば辻褄が合うかもしれないとなんとか振り向いた。


「……誰、だ? あ、あああああああああぁぁぁぁぁッ!!」


 包丁を持った見知らぬ女が、真顔でオレの両目を切り裂く。

 それがオレの見た最期の景色で。


「う、ぐうううぅぅぅぅぅ!!」


 そして、女の呻く声と水音が最期に聞いた音。

 ……な、なんでコイツまで呻いている? それに……!


 生温かい感触を背中に受けながら、ゆっくりと意識が遠のいていった。

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