第3話 乾杯

京から送られてきた集合場所の近くまで来たあたりで、空はもうだいぶ暗くなってきていた。本当に冬は夜になるのが早い。

ひゅう、と音を立てて吹いた風がさすがに寒くて、俺は思わずマフラーに顔をうずめてしまう。


(さっっぶ……。あ)


寒さでつむっていた目を開けると、集合場所の近くの柱に寄りかかっている京を見つけた。


「京、わりぃ待たせた?」

「ううん、僕が来るの早いだけだから。ほら行こ」

「おう!」


そうして俺らは店に向かうため足を進めた。


「そういや店どこにしたんだ?」

「居酒屋のはるよしってとこ」

「マジで!?あそこいっつも混んでるから俺行ったことねえわ」

「俺は何回かある」

「えマジで?いつ行ったんだよ」

「大学入ってからだから割と常連」

「じゃあサークルとかの飲み断ってた時も行ってたってこと?」

「うん。でもそれ言うと颯真わざわざサークルの人連れてきそうだったしだから内緒にしてた。あそこ家も近いし」

「あ〜それでか!まぁでもあの人見知りの京が常連になるほどなら相当いい店なんだろうな〜」

「人見知り余計」


どうやら京は特別おしゃれなバーとかに言っていたわけでもなく、普通に家の近くの居酒屋に行っていただけだったらしい。というか家の近くに居酒屋あるのいいな、楽しそう。

そんなふうにして会話をしているうちに、もう店の前まで着いたようだった。


「ほら、着いたよ」

「よーし飲むぞー!」


京を先頭に店に入り、京が店員に予約客だということを伝えると店員に少し奥にある予約席に案内された。


「どう?結構良さげな店でしょ」

「スッゲ…。京お前いつもこんなとこ来てたのかよ」

「ふふ、まあね。ほらなんか頼もうよ」

「おう。うわメニューめっちゃある」


メニュー表を開くと、定番の唐揚げやタコワサ、ビールにサワー系。その他にも大葉チーズ春巻きや焼き鳥サラダなどたくさんのメニューがあった。

……やっべぇ超悩む全部美味そう!

まあでもやっぱ最初は―――――――――


「颯真決まった?」

「とりま決めたわ。すいませーん!」


手を挙げて分かりやすく見つけてもらいやすくしながら店員を呼ぶ。


「はーい!おまたせしました!ご注文承ります」

「僕、タコワサと焼き鳥サラダ。あとビールで」

「俺は唐揚げとおにぎり三種それとビールで!」


相当悩みはしたがやはり最初に頼むのはビールである。

注文を聞き終えた店員は確認のために注文内容を復唱してから厨房へと向かった。

そうしてしばらくすると、先ほどと同じ店員が慣れた手つきで料理を運んできた。

うわ、すげー美味そう。写真の数倍は美味そうに見えるぞこれ。


「京。お前いつもこんな美味そうなもん食ってたの」

「まあねてかさっきも似たようなの言ってたし。ほら冷めないうちにいただこう」

「おう、そうだな。それじゃ」


そして俺たちはキンキンに冷えたビールの入ったジョッキを合わせた。


「「乾杯」」


まずはビールを一口。………うん、冷たくて超うまい。

ではさっそくご飯系に行かせてもらおう。

唐揚げは噛んだ瞬間から肉汁エグいほどでてくる、一体どうしたらこんな美味いように作れんだろ。おにぎりも鮭の塩味と米のちょうどいいホロホロ具合がたまらん。とにかく美味い。


「どうですか颯真くん?人気店のご飯のお味は?」

「美味いマジ美味い最高」

「そりゃよかった」


そうして俺らは日々の疲れを、食と酒の幸福感に浸ることで癒していった。


「そういえば颯真、最近どう?」

「どう、ってまあ普通だよ。強いて言うなら最近何件かあったプレゼン資料の作成が落ち着いたくらい。てかそういうお前はどうなんだよ」

「僕はね……、なんと企業コラボのデザインのお仕事が来ました!」

「え!マジで!?えちなみにどこの企業さんなの?」


俺が話に食いつくと、京は「耳貸して」と言って俺の耳に内容を小声ながらに伝える。


「……マジで?京んとこミセドとコラボすんの?」

「マジのマジ。僕もビックリした」


ミセドとは、大手ドーナツショップMrs.ドーナツのことで様々な会社とコラボしている凄腕の企業なのである。

つまり京は一言で言えばものすごい仕事もらったと言える。


「いやすげぇなオイ。どういうふうな感じなのそれ」

「コンセプトとかの詳しいことは後日ってなってるらしいけど、多分、いや絶対これは大案件だから今から気を引き締めてる」

「京らしいな」

「それほどでも」




そうしていくうちに、俺たちは四、五杯ほど酒を飲んでいた。正直俺は割と酒に強くもなく弱くもなくといった程度だが、さっきからほろ酔いよりちょっと上くらいまできている気がする。

そこで俺はあることに気づいた。俺ですら酔い始める酒の量と同じくらいの酒を飲んでいるはずの京はほろ酔いどころか酔っている素振りが見られなかった。


「……なあ京。お前酔わねぇの」

「うん。僕あんまり酔わないっぽいんだよね。まあでもいつもそんな飲まないし休肝日多いし平気かなって」

「……………マジか。俺割と酔ってきた」

「あ、じゃあ僕水取ってくるよ」

「おう、悪いな」


そう言って京は水を二杯ほど取ってきた。

その後にこいつは最後に飲むやつとか言って大吟醸の枡酒を一つ頼んでいたのはまた別の話。



俺の酔いが少し落ち着きお互いに満足したので、今回はこれで切り上げることにした。

京が奢ると言って聞かず、そのまま押し負けて会計が終わった。

外に出ると、空は深い紺色に染まり冬夜の人々の隙間を軽く撫でるような、そんな風の冷たさが頬に触れ酔いによる身体の熱も相まって微かな心地よさに包まれた。

駅まで向かう間に、俺と京で居酒屋で話していた話の続きを話したり、またこんなふうに会おうといった話をした。


駅に着いた頃「じゃあ僕こっちだから」と言ってそれに俺は軽く返事を返す。そして京は俺と違う電車の線の方向に体を向け進み出し、そしてすぐこちらに体を戻した。


「颯真、またな」

「おう!またな!」




この会話の後、俺達はそれぞれの帰路についた。

俺が自宅に着いて少し経ちベッドでボーっとしていると、ふとこんなことが浮かんだ。きっとこの先、またこんなふうに会うことはいくつだってあるはずだ、けれどこの日俺は何気ない日ほど幸せなものはない、そういったものだった。

それが俺だけの考えかもしれないし、もしかしたら京も似たようなことを考えているかもしれないし考えていないかもしれない。ただ、そう思った。それだけの話。



◆◇◆


家に着いた頃には時計は夜遅くと捉えられる時間になっており、僕はとりあえず風呂などの最低限のことを済ませて寝ることにした。

布団の暖かさに身を包んだあたりで、ふとこんな日が幸せだと感じた。そのまま瞼を閉じた。







夜も少し更け始め人々のざわめきが静まる頃、二人の青年は奇しくも似たようなことを思いながら眠りに落ちた。


















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乾杯 椿カルア @karua0222

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