第6話 乳量が減ったら運命の分岐点。

 牛は種付けするのですが、誰がやるのかというと基本イチローさんです。

 種付けの資格を持っています。イチローさんの手が空いていないときは獣医を呼んでお願いします。

 牛舎の片隅に保冷庫がありまして、牛の受精卵はそこに保管されています。


 私に与えられた仕事は給餌と搾乳、寝床清掃の他にもあって、それは生理チェック。


 毎日出勤したら牛のお尻を見ます。セクハラじゃありません。

 出産から数カ月経つと乳量が減ってくるので、生理周期を見て種付けする。出産したらまた乳が出る。


「5番の牛、種付けするから手伝え」

「いえっさー」


 搾乳のあと、イチローさんが肩まで覆い隠す超長いビニール手袋をつけて受精卵を準備する。

 私の役目その2。牛が暴れないよう前脚をロープで縛り、体をおさえる。

 牛の種付けは、ケツ穴に手を突っ込んでうんこを掻き出し、ケツ穴に受精卵の細い管を入れる。 

 もちろん牛は暴れる。

 種付けの人が怪我をするから、死ぬ気でおさえる。

 うまく着床すれば、次の子牛を産むための乾乳かんにゅう期に入る。

 乾乳とは、搾乳をしないこと。専用の薬を4つの乳頭に入れる。

 お腹の子を育てるのに勤しんでもらうのだ。


 ここで運命の分岐点がある。


オーナーやイチローさんに「こいつはもう子牛を産んでもあんま乳が出ないから、つぶすか」

 という決定をくだされることがある。

 牛乳をほとんど期待できない牛は、肉行きとなる。

 乳牛とて最後は食用肉や牛皮製品だ。バッグかサイフかそれともコートか。

 大人牛も最後はドナドナされる。


 生まれ変わってもホルスタインにはなりたくないなと思う。

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