第7話 死んだら産業廃棄物。
農高出身でない一般人だろうと、ときには牛の治療の手伝いもする。
餌槽掃除のとき、いやに食べ残しが多い牛がいた。現場リーダーであるイチローさんに伝えると、イチローさんは食べ残した量、牛の様子を確認して、「薬を飲ませる」と言った。
細長いプラスチックボトルに黄土色の液体を入れて、数本用意した。正露丸みたいな漢方臭。ハッキリ言って臭い。
「俺が
牛は身体の構造上、普通は下を向いている。
上を向いてくれないと液体を
牛の頭にたてごを結びつけ、頭が高くなるよう梁にロープを通して固定する。
もちろん無理やり首を上げるからすごく嫌がる。しかもめちゃくちゃ苦そうな臭いの薬だ。
「今だ飲ませろ」
「はい」
言われるまま牛の口にボトルを押し込んだ。飲み下すまで口から離さない。頭を振って抵抗されて、薬がいくらか私にかかる。用意された本数分飲み込ませたらお役目終了だ。
イチローさんがたてごを外すと、キレた牛に頭突きされた。
薬がきいたのか、次の日から少しずつ餌を食べるようになっていった。
この牛は回復してくれたが、薬で治らず獣医を呼んで開腹手術する牛もいる。
そして牛の病や怪我は、ときには死に至るほど危険なものもある。
ある日の出産補助時、母牛の子宮が外に出た。
お尻から内臓がぶら下がっている、
イチローさんがかかりつけの獣医を呼んだ。先生は一時間足らずで駆けつけてくれて、手際よく子宮を戻して投薬する。
治療翌日から、その牛は起き上がらなくなった。
また先生を呼んだけれど、芳しくない。
牛乳を搾ろうにも起き上がってくれないから、必然的に乳房炎になった。でも起きてくれないから搾れない。
餌もろくに食べず、日に日に弱り、子宮脱から二週間持たずに命が尽きた。
牛も、出産には命の危険が伴う。
牛が死んでしまったときは届け出をする。オーナーがどこかに電話をかけた。
「首の鎖外して牛の足にロープかけといてくれ。あとでトラクター持ってきて外に出すから」
誰も泣いたりはしない。いちいち同情して悲しむほうが異端なのだ。もう給餌機が動く設定時間で、集乳車がくる時間が押していた。
みんなに従って、搾乳の仕事をこなした。
搾乳が終わったあと、牛の骸をロープでくくり、トラクターで引きずって運び出す。病気で痩せたとはいえ、600kgの巨体は人力で動かせない。
ブルーシートをかけて、イチローさん夫妻のお子さんが摘んできた名も知らない野の花を添えた。しばらくして処理業者のトラックが来て、躯を持っていった。
牛の骸は日本の法律上、産業廃棄物にあたる。専門業者を呼んで処理する。
墓を作って弔うなんてことはない。
死んだら
それが現実だ。日本の法律ってどこかおかしい気がする。せめて生き物に関しては、呼び方を考えたほうがいい。
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