第5話 子牛の世話と、ドナドナ。
酪農の牛舎にいる大人牛は
子牛が生まれてすぐ、子牛専用棟に運んだ。
産まれたては平均30kg前後。
「藁ロールに比べれば軽いじゃないか」
なんて、自分の中で重さの基準がバグってきた。
ミドリさんと私で、それぞれ子牛の前脚と後ろ脚掴んで、逆さに持って運ぶ。子牛はされるがままだ。
子牛棟にいるのは8頭ほど。この子達に名前はない。
ミドリさんだけじゃ手に負えない数になってきたから、私も搾乳のあと子牛の世話を手伝った。
母牛は子牛を産んで一週間もすると乳が正常な牛乳と同じ成分になっていく。集乳車の方に提出して検査合格すると、出荷が可能になる。
そこから先の子牛は、子牛専用粉ミルクを飲ませる。味噌汁を作ったように、バケツに蛇口のお湯を注いで粉ミルクを溶かし、飲ませる。
「ちはやさん子牛が飲みやすいようにバケツ持っててね。子牛の首の高さになるように」
「いえっさー」
哺乳バケツのゴム部分を子牛の口元に当ててやると、子牛はくいつく。
1回のお食事で軽く5kgは飲む。大きくなった子は10kg飲む。
このとき注意が必要で、子牛は牛乳を飲むときどついてくる。鼻先でドンと押す感じだ。
母牛の乳房を鼻で押して乳の出をよくする……牛の習性である。それに他の子牛を繋いでおかないと、今飲ませている子の牛乳を奪いにくる。
私は600kg巨体の母牛ではないので、子牛の頭突きを四方から食らってバケツを落とした。
飛び散る牛乳、転がるバケツ。牛乳まみれになる作業服。牛乳が無くなって子牛たちの大ブーイング。理不尽である。
「子牛は意外と怪力だから、ちゃんと踏ん張らないとダメよ。作り直してきてね」
「スミマセン」
毎日朝夕、私たち搾乳担当と餌やり担当者が大人牛の世話をしている間に、これを一人でこなしているミドリさんはすごい。
数ヶ月育てていくと、大人牛と同じように配合飼料と藁を食べられるようになってくる。
こうなると
いい感じに育った子を、軽トラの荷台に乗せる。逃げられないよう、荷台は木箱で囲ってある。
大人牛より小さいとはいえ、出荷時点で100kgを超えている。もう女性二人では持ち上げられないから男性陣の出番である。
イチローさん、ジロさん、ネコタさんが協力プレイで乗せて木箱の扉を閉じる。
この先の運命を悟っているのかいないのか、扉にタックルしている音が聞こえる。
子牛に名前をつけないのは、市場で売る前提だから。肉にするために育てている。
朝の搾乳を終えたあと、子牛はイチローさんが運転して市場に運ばれた。
行く末は、推して知るべし。
あの子牛と再会することがあるとしたら数年後。スーパーの精肉コーナーか、それともレストランのハンバーグか。
考えようとしなかっただけで、毎日どこかの牛舎で子牛は生まれて売られていき、肉として解体処理されている。
動物が好きな優しい人は酪農・畜産につかないほうがいい。可愛がった子を肉にすることに耐えられなくなるから。
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