第4話 ホルスタインが和牛を産む。

 なんやかんや藁を片手で転がせるようになった頃。

 夕方仕事終わりの時間に一頭の牛が産気づいた。

 オーナーも駆けつけ、みんなでロープを持って母牛の周りに集まった。

 パンパンにお腹の張った母牛。お尻から出ている黒いひづめ

 出てきた子牛の前脚にロープを引っ掛け、全員で牛の呼吸に合わせて引っ張る。

 20分ほどかけて、全身真っ黒な子牛が生まれた。どう見てもホルスタインじゃない。


「いい平茂ひらしげだ! しかも雄!」

オーナーが子牛を撫でて笑う。


「ひらしげってなんですオーナー?」

「純血の和牛だよ。それに雄はいい値になる」

「ええと、母牛が乳牛なのに子牛は純血和牛なのはどうして」

 私が聞くとイチローさんが答える。

「人間の代理母出産と同じで、和牛同士の受精卵を乳牛に種付けすると、母牛が乳牛でも和牛が産まれる」

 母牛は、お疲れ気味だ。


「俺は初乳しょにゅうしぼって子牛にくれるから、ちはやは母牛に味噌汁やれ」

「しょにゅう? 味噌汁?」

「初乳は出産直後の乳だ。普通の牛乳より成分が濃厚なんだ。絶対バルククーラーに入れるなよ。味噌汁はミドリに聞きながら作れ。作ったら母牛に飲ませろ」

「はい」


 ミドリさんに案内されて水場に行く。

 蛇口をひねって15Lポリバケツにお湯を注ぐ。そこに味噌をお玉一杯ぶち込んで溶かす。液体サプリメントを溶かす。これを味噌汁と呼んでいいのだろうか。味噌を溶かしたお湯を、出産したての牛のもとに持っていくと頭を突っ込んで、15Lを一分もせず飲み干した。


「こうして出産のときに失われたミネラルを補ってあげるのよ。どの牛が出産したときもやることは同じだから覚えて」

「はい」


 イチローさんが、バケットという小型の搾乳タンクを抱えてきた。さっき出産した牛の乳を、別個で搾ったものだ。普通の搾乳機で搾った牛乳はパイプを通って自動的にバルククーラーに流れていくが、バケットで搾ると手元のタンクの中に入る。


 病気の牛の乳や初乳は、バケットで別個に取るのだ。初乳は子牛にあげるが病気治療中の牛乳は全部バーンクリーナーに捨てる。毎日捨てていると、もったいないという感覚が死んできた。


 ミドリさんは初乳を、哺乳瓶の吸い口がついたブリキバケツ(哺乳バケツ)に移した。

 子牛は生まれ落ちて一時間も経っていないのに、もう自分の力で立ち上がり、哺乳バケツにすいつく。

 牛舎で飼っている猫たちが集まってきて、子牛が飲み残したバケツに乗って牛乳争奪戦を繰り広げる。

 11匹もいるから、1匹ずつに名前はない。長く牛舎に居着いている先住猫だけ、シロと呼ばれている。

 シロと10匹の猫隊は牛乳に満足したら、藁を寝床にして丸くなる。猫はネズミ対策で飼われているが癒やし枠である。

 

 

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