第20話 隠れていた二人

「よかったんですか、ボス。せっかく大勢捕まえたのに」

「多すぎんだよ。全員が死に物狂いで襲い掛かってきたら面倒だ。それにデパートの食料もあっという間に無くなっちまう。まあこれで大分すっきりしたな。犠牲者を出しすぎると向こうも意地になりかねん」

「なるほど、そこまで考えてたんですね」

「おい、お前」


ジェスターが俺を呼びつける。


「さっき食料と薬をとってくるって言ってたよな。今から行かせてやろう。ただし、こいつと一緒だ。トージェン、お前はデパートに誰か残ってないか確認してこい」

「へい。分かりました。おい、さっさと行くぞ」

「ちょっと待ってくれ、薬を確認しないと」


先ほどの老夫婦の元へ行き、薬の種類を確認する。

他にも必要なものをメモし、移動を開始した。

量が多かったので他にも人を連れて行きたかったが、そこまでは許してくれなかった。


トージェンと共にスーパーのあるエリアへと移動する。

移動している間お互い無言だった。

こんなやつと話すことなどない。

幸い向こうもこっちには興味がないようだった。


目的の階層に到着すると、トージェンはさっさとどこかに行ってしまった。

一緒に行動するという話だったはずだが……まあいい。

メモを頼りにまず薬局へと足を運び、カゴに薬をつめていく。

健康食品の棚に携帯食料もあったのでこれも一緒に持っていこう。


店員はもちろんいないので、財布から金を出してレジに置いておいた。

さすがに何もせず持っていくのは気が引けたからだ。

痛い出費だが仕方ない。


一応何をどれだけ持っていったかはメモに残したので後でダメもとで協会に請求してみるとしよう。

必要な分を詰め終わりカゴを持ち上げる。

人質はそれなりの人数がいるので物資はかなり重いが、持って行けないほどではない。


普段鍛えておいてよかった。

……トージェンの姿が見えない。

一人だけ先に戻るとよからぬ疑いを掛けられる恐れがある。

どこへ行ったのだろうかと周囲を探し始めると、大きな音がした。

慌てて音のした場所に向かうと蒸気が空間に満ちており、周囲が水浸しになっている。


「こんな所に隠れてやがった」


トージェンは水を固めて誰かを拘束している。

捕らえられているのは姫川と橘内だった。

どうやら逃げそこなったらしく、このエリアで隠れていたようだ。

だがなぜ……アナウンスでも連絡をした。

逃げる時間は十分にあったはず。

その理由はすぐに分かった。


二人の奥で一組の親子が震えていたからだ。

そこにいたのは真美ちゃんとその母親だった。

真美ちゃんは右足を庇っており、怪我をしているのが分かる。

大勢が一斉に移動したのでその時に挫いたのだろう。

あの足では避難が間に合わず脱出できなかったに違いない。

隠れる際に合流したところをトージェンに見つかったのか。


「良い能力だが、経験が浅いな。所詮学生か」


周囲の蒸気や濡れた水は戦闘の痕跡か。

橘内の能力を姫川が強化してトージェンに抵抗したが力及ばなかったようだ。

確認してみたが二人とも気絶しているものの、目立った外傷はない。

ホッとした。


「こ、この子だけは……」


母親が真美ちゃんを庇っているが、トージェンはそれを無視して二人を無理やり立ち上がらせた。


「うるせぇ。来い。さもなきゃどうなっても知らねぇぞ。お前もその二人を連れてこい」

「分かった」


この場を支配しているのはトージェンだ。

今は言うことを聞くしかない。

なんとか二人を最上階に運び、ソファーに寝かせる。

物資を運ぶために何度も往復したのでさすがに疲れた。


二人は服が濡れていて、そのままだと風邪を引くのでリカや他の女性に頼んで服を脱がせてもらい、タオルで身体を拭いて着替えさせてもらった。

ただ薬と食料が手に入ったおかげで部屋の中の雰囲気は一先ず落ち着いてきたと思う。


後はなんとか衛星電話を使うタイミングがあればいいのだが……。

しばらくはジェスターたちもなにもせず平和な時間が流れた。

しかしそれでも人質になっているだけでストレスが溜まっていく。

老人と子供だけでもなんとか解放してもらえないだろうか。


夜になり、備え付けの毛布を引っ張り出して眠ることになった。

電気と空調は消されている。

壁越えの連中はデパートを占領する際に電源を破壊したらしく、非常用電源に切り替わっているがそれを節約したいのだろう。

デパートの周囲は包囲されており、窓から下を見ると多くの装甲車がこっちにライトを向けているのが見えた。


……やつらはどうするつもりなのだろう。

どれだけ強力な能力があったとしても、この状態から逃れられるとは思えない。

人質がいるとはいえ、ろくな決着になるとは考えにくい。


「使ってください」

「ありがとうございます」


真美ちゃん親子に毛布を渡す。

本来なら今頃家で眠れただろうに。

真美ちゃんは母親の膝で眠ってしまっている。


母親はそんな真美ちゃんの髪を撫でながら疲れた顔で外を見ていた。

……奇麗な横顔だなと思った。

橘内と姫川もようやく目を覚ます。

幸い怪我などもなく、目が覚めた後は意識もはっきりしていた。


目下の問題は朋畑さんと足立さんの容態が思わしくないことだ。

持ってきた医療品では本格的な治療ができない。

医者に診てもらわないと危険な状態だと思う。


「医者を……もしくは怪我人や老人を外に出してくれ」

「断る。それは交渉次第だ」

「このままだと死人が出てもおかしくないんだ! あんたたちのくだらない目的のせいで」

「くだらない、ね。お前にはそう見えるかもしれないが」


ジェスターが立ち上がり近づいてくる。

俺よりも二回りは大きな身体からは恐ろしい圧迫感を感じた。


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