第19話 邪魔な人質
協会のチャンネルと繋がり、協会の幹部が通話に出た。
「……この回線は非正規のものだが、誰かね」
「しらばっくれるなよ。俺のことはもう調べがついてんだろ? 壁越えのジェスター様だよ。協会のお偉いさん」
「デパートを封鎖したのは君たちか?」
「そうだ。俺たちの要求はただ一つ。都市を覆うあの壁の撤去だ」
「お前たちはいつもそう言うが、我々の答えは同じだ。あの壁を撤去することはあり得ない。あの壁はこの都市を物理的に維持するために必要不可欠なものだ」
「聞き飽きたぜ。どうしても撤去ができないなら通れるように開けろ。出入り口があるのは知ってるんだ」
「それも不可能だ。なぜなら」
「壁の外には限られた者しか出ることを許されていないから、だろう? だがこっちには人質がいる。式典に出席した企業の関係者だって紛れてるだろうぜ。それでも否というのか」
「答えは変わらない。それにすでに救出のために治安部隊を動かした。投降するなら今のうちだ」
「歯抜けの治安部隊になにができる? 俺たちを制圧できるような連中は足止めを食らってるのも知ってるぜ」
そこで初めて協会の人間が反応した。
それを見てジェスターはにやりと笑う。
「あんたに決定権がないのも知ってるぜ。精々お偉いさんたちと相談するんだな。時間と人質はまだたっぷりあるからよ」
「まて、話はまだ」
通話が切れた。
デパートのことはもう既に把握しているらしい。
これだけ目立てば当然か。だが中の状況は分からないはずだ。
救出してもらうためにも、なんとしても現状を伝えねば。
しかし……協会はテロリストと交渉はしないと聞いたことはあるが、いざ人質になった身でその事実を直視するとかなり辛いものがある。
実際多くの人がうなだれていた。
戦闘向けの能力を持った警備員たちがやられたのも影響しているだろう。
あれでもし束になって反撃しても太刀打ちできないと思わされてしまった。
それから何をするでもなく時間が過ぎていく。
幸い荷物を漁られる以上のことはされていない。
ジェスターは落ち着いている。協会が最終的に要求を呑むと確信しているようだ。
ここにいる人たちの中にそれだけ協会や企業にとって重要な人がいるのだろうか?
警備員である俺を含めて、人質に与えられたのは水とわずかな食糧のみだった。
壁越えの連中は好きに食べている。
さすがに酒は飲んでいないようだが、空腹の状態でそれを見せられるのは堪える。
こうやって反抗の意思を削っていくのか、と妙なところで感心した。
与えられた自由はトイレくらいのものだ。
そっと窓から外を見ると、水越しではあるが人が大勢集まっているのが見えた。
協会の装甲車や車がデパートを包囲している。
ヘリも飛んでいるものの、ある程度近づくと水が反応してヘリへと襲い掛かるためかなり遠くからこっちの様子を伺っていた。
やはりこの水の壁をどうにかしないと脱出できない。
「わ、我々を解放してくれないか? 持病の薬が必要なんだ。今持っている分がもうなくなってしまう」
「我慢しろ。それとも今すぐあの世に送ってやろうか?」
「そんな……」
「薬局に置いてある薬なら取りに行かせてくれ。それくらいは構わないだろう」
「ほう。度胸はあるようだな」
見ていられず、話に割り込んだ。
老夫婦はすっかり弱っており、悪化すれば命にかかわるように見えたからだ。
「俺たちの食事を回収するついでならいいだろう。おっと、待て」
ジェスターが通信ボタンを押す。
どうやら協会から連絡があったようだ。
「思ったより早かったな。それで返答は?」
「理事会は緊急会議の結果、話し合いの場を設けることを決定した。ただし、ある程度人質を解放してもらいたい」
「ふむ。具体的には?」
「君たちはデパートを占拠したが、そこにどれだけの人が捕らわれているのか分かっているのかね? ……君たちが数千人もの人質を管理できるとは思えない。事態が悪化する前に彼らの多くは開放してくれ」
ジェスターはあごひげを触りながら返答せずに周囲を見ている。
何か考えているのだろうか。
「いいだろう。デパート丸ごと占拠はインパクトがあると思ったが、確かに多すぎて邪魔だ。おい、トージェン」
「へい」
「今から一時間だけ人が通れるように通路を開けろ。それで出られなかったやつは知らん。お前らもそれでいいな」
「……分かった。ただし意図的に脱出を妨害したらこの話はなしだ」
「そんなことはしないさ。俺らは話のできない動物じゃないんだ。だからお前らも変な真似はするなよ。例えば治安部隊をこっそり侵入させたりしたらすぐに分かる」
トージェンが右手で印を結ぶと、水の壁が震える。
変化はここからでも見ることができた。すぐにデパートの入り口周辺に通路が出現したのだ。
ジェスターがどこかへ連絡すると、アナウンスで今から一時間だけ外に出れるようにしたことが伝えられる。
大勢の人たちが慌てて入り口に詰め寄り、あわや大事故になるところだった。
外に待機していた協会員たちが誘導し、次々とデパートから脱出していく。
それを俺たちは眺めるしかなかった。
「羨ましそうに眺めてもお前らはまだダメだ。恨むんなら運のない自分を恨むんだな」
「交渉が進めば外に出れるのか? わ、私は協会にも多少影響力がある」
「だといいが。上手くいけばもちろん考えてやろう。俺たちはお前らなんてどうでもいいんだからな。むしろ交渉が難航した時のことを心配しておいた方がいい。見せしめってのは効くからよ」
きっかり一時間後に出入口が閉まっていくのを指をくわえて見ているしかなかった。
大半の人たちは今ので外に出れただろう。
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