第18話 鋼鉄の男

「お前がどれだけ怪力なのかはしらねぇが、鉄塊に衝突して傷一つ負わないわけじゃねぇよなぁ」

「形質変化系の能力者か。自分まで対象にできるとは珍しい」

「さあ、続きだ。これで終わりじゃねぇだろ」


 相手は両手を広げて迫る。

 朋畑さんも両手を広げて組み合った。

 ロックアップというやつだ。

 筋力で勝負が決まる。


「朋畑さん、やっちまえ!」


 足立さんが声援を送る。

 警備服が破けるほど筋肉が盛り上がり、朋畑さんは相手の腕を押し込もうとする。

 だが、どれだけ筋力があろうと金属でできた肉体を相手にするのでは足りない。

 しばらく持ちこたえていたが、やがて少しずつ朋畑さんの腕が押し込まれていく。


「くそ、怪我がなければあんなやつに負けるはずがない!」

「朋畑さんの怪我って……」

「両肩に深い傷があるんだ。その所為で能力も筋力も大きく落ちたらしい」


 たしかに朋畑さんの両腕には古傷らしきものがあった。


「楽しかったぜ」


 その一言を皮切りに、一気に押し切られた。

 合わせてボスの頭突きが朋畑さんを襲う。

 鼻から出血し、大きくたたらを踏んだ後腰をついた。

 それからは一方的だった。


 ろくに抵抗できない朋畑さんに馬乗りになり、何度も殴りつける。

 それを止めようとした足立さんや他の警備員も返り討ちにあってしまった。


「頑丈なやつだな。まあこれだけやればしばらく動けないだろ」


 朋畑さんを気絶するまで殴りつけたボスは、トージェンの拘束を解く。


「ひゅー。相変わらずですね、その能力」

「調子のいい野郎だ。おい、そこの」


 ボスは俺を指さして呼びつけた。


「そこの部屋にいる連中をこれで縛れ。言っておくが、人質は一人でもいればいいんだ。ごちゃごちゃ逆らう奴を見せしめにしてもいいんだぜ」

「……分かった。その代わり彼らに治療をさせてくれ」


 どうあがいてもこいつに勝てない。

 今は言うとおりにするしかなさそうだ。

 部屋に入ると、朋畑さんたちの姿を見て悲鳴が上がる。

 壁越えの人間たちは壁を殴って皆を黙らせる。


 俺は朋畑さんたちに応急処置を行い、それから全員の手を後ろに回して縛り付けていく。

 こうなったらなんとかして外部と連絡をとらなければ。

 だがここから抜け出して通信室に行っても壁越えのメンバーがいる。

 どうすればいいんだ……。


「先生、ちょっと」

「どうした?」


 丁度後ろにいたリカが小声で囁く。

 バレないようにこっそりと返事をした。


「衛星電話があるから、どうにかして隙を作れば連絡できるかも」

「本当か!?」

「シッ、声が大きいよ」

「わるい」


 どうやらリカが衛星電話を所持しているらしい。

 壁越えの連中は客の荷物を回収し始めている。

 このままだとバレて破壊される可能性が高い。


「先生、ちょっと私動いてみるね」

「どうする気だ?」

「乙女の秘密。任せて。上手くやればなんとかなるかも」


 時間がない。出たとこ勝負だ。

 リカは近くにいた男に呼びかける。


「あの」

「なんだ?」

「お花を摘みに行きたいんですけど」

「チッ、ここでしたらいいだろ?」

「最低っ! 私たちって人質なんだよね? 衛生環境には気を配るべきじゃないの? トイレくらいさせてよ。どうせ外にも出れないんだし。それとも実は簡単に出られるとか?」

「うるさいガキだな。さっさと行ってこい」

「おい、待て」


 ボスが俺たちを呼び止める。

 ジロリとこっちを睨みつけた。


「お前、念のために見張りでついて行け。あと荷物は持っていかせるな」

「へい。おい、お前これをあそこにもって行け」


 男はリカからバッグを奪うと俺に投げる。

 荷物を集めている場所に置けということか。

 それからリカは女子トイレへと連れて行かれた。

 一瞬だがアイコンタクトをとり、頷く。


 俺はリカのバッグを持っていく振りをして中を確認し、アンテナのついた携帯電話を発見した。これがそうだな。衛星電話を懐に入れる。

 後は抜け出す口実を作れば……。


「金目のものでもあったか?」


 心臓が止まるかと思った。

 トージェンが俺に話しかけてくる。


「中々手癖が悪いじゃないか。そのバッグを見せてみろよ」


 バッグを奪い、中を物色し始めた。


「見ろよ、これ。ガキの癖に金持ってんな。男の写真……彼氏持ちかよ」


 バッグの中には貴金属やメモ帳、それから財布が入っていた。

 そして財布から金を抜き、貴金属と共にポケットに突っ込んだ。

 空の財布を俺に投げつける。

 俺はそれを揃った。


「お前はなにを盗ったんだ?」

「俺は何も盗ってない」

「本当かぁ? まあ財布も残ってたしな。そんな度胸もなかったか」


 トージェンは納得したのか俺から興味を失くして他のバッグを漁りはじめる。

 守れなかった。後でリカには謝っておかねば。

 ……壁越えの連中は壁の外にいくために活動していると聞いたが、やっていることはただの犯罪だ。


「何だよその目は。俺らがただのチンピラに見えるってか? こういう活動にも金がいるんだよ。お前らの代わりに企業と敵対して壁をどうにかしてやろうってんだ」

「そんなこと頼んでない」

「お前にもいずれ分かるさ。あの壁の意味がな」

「あんたはあの壁の外に何があるのか知ってるのか?」

「いいや? だが臭いものには蓋をするっていうだろ? ああまでして俺たちを壁の中に閉じ込めたい理由があるに決まっている。俺はそれを知りたいのさ」


 話にならない。まともな会話にはならなかった。

 幸い犠牲者は出ていないが、このまま籠城するつもりなら何が起きるか分からない。


「ボス、終わりました。いまのところ全員おとなしくしてます」

「警備員をボコボコにしたのが効いたんだろう。よし、協会のチャンネルに通信を開け」

「へい。お前ら、今からボスが喋るから邪魔するなよ。一人くらい見せしめにしてもかまわないんだからな」


 テレビ通話の準備が整えられ、外部との通信が始まる。

 どうやら声明を発表する様だ。

 戻ってきたリカがこっそり近寄ってくる。


「先生、どうだった?」

「すまん、リカ。電話は回収できたんだが、他の中身がアイツに取られた。回収出来たのはこれだけだ」

「別にいいよ、大事なものは持ってきてないし……。あ、先生財布の中身は見た?」

「いいや、見てないが」

「ならよかった。見られたらちょっと恥ずかしいものも入ってたから」


 小声で会話する。

 誰のかは分からないが、男の写真とやらだろうか。

 通信が始まりそうだ。会話を切り上げて何を言うのか聞くことにした。


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