第17話 敵のリーダー

 俺を含めて四人が大部屋に入り、お客様に大部屋の奥に移動するよう伝えた。

 理由は悩んだが、不審者が現れたので対処するということにした。

 下手なことを言うとパニックになってしまう。


「朋畑さんたちは大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だと思うよ。朋畑さんは怪我で引退したとはいえ元治安部隊出身だし、足立さんは強力な風の能力者だ。そう簡単にはやられないさ」

「だといいのですが」


 線の細い警備員の言葉にそう返した。

 しかし朋畑さんが元治安部隊出身とは。

 体格が凄いと思っていたが納得だ。


「あれ、先生じゃん」

「リカ?」


 俺を先生と呼ぶのはリカだけだ。

 思わず振り向くと、青いドレスに身を包んだ美女がそこにいた。


「やっぱり先生だ。どうしてこんなとこにいるの? 警備員の服着てるから仕事かな」

「仕事で来たんだが……リカなのか?」


 いつもと髪型が違うし、薄っすらと化粧しているせいで印象がまるで違う。

 だがこの声と喋り方は間違いなくリカだった。

 まさか式典に居るとは思わなかったが、なるほど最近見かけなかったのはこれが理由か。


「ちょっとー、私と先生の仲なのに即答できなかったわけ? 傷つくなぁ」

「お、おいっ」


 リカは言いながら腕を引き寄せて抱き付いてきた。

 ドレスだからか普段より薄着で体温と感触がより伝わってくる。

 それに普段はつけていない香水が漂ってきて、緊急時だというのに顔が赤くなるほどドキドキした。


「あ、先生照れてる」

「リカ、離してくれ。今はそれどころじゃないんだ。不審者が現れて警備員が対処しに行ってる」

「先生は行かないの?」

「知ってるだろ。俺の能力はちっぽけで役に立たない。ここでお客様を守る役目になったんだ」

「私を守ってくれるんだ。嬉しいな」


 俺より遥かに強いだろ、と言いたかったが嬉しそうにしているので野暮かと思い言わなかった。

 初めて会った時は冷たいと思うほどの視線を向けてきたというのに、今では妙に懐かれている。


 いや、もしかしたらこうしてからかって遊んでいるだけかもしれない。

 何にせよここでは守るべきお客様の一人なのは間違いない。

 できれば朋畑さんたちが勝ってくれたらこれで問題は解決するのだが。

 大きな音が入り口の方で聞こえた。

 戦闘が始まったらしい。


 激しい音が何度も響く。

 相手と能力の応酬をしているのだろうか。

 不安そうな人々の手前、警備員という立場からなんとか表情を引き締める。

 やがて音が途切れて静かになった。

 決着がついたようだ。

 果たしてどっちが勝ったのか……。


「君、ちょっと見てきてくれよ」

「俺ですか」

「ああ、新人だろ。頼むよ」


 隣にいた警備員の人にそう頼まれた。

 新人であることと果たして関係があるのか謎だったが、言い返したところで行く気はなさそうだ。


 俺も様子が気になっている。

 ゆっくりと扉に近づき、あと一歩のところで扉が開いた。

 そこにいたのは……足立さんだった。


「足立さん! よかった、無事だったんですね」

「言っただろう、たいしたことないってよ。まあ結構な能力者だったが、朋畑さんもいるんだしそう難しくはなかったぜ」


 へへ、と笑う。

 いい加減なところもあると思ったが、今はとにかく頼りになる人だった。


「拘束用の手錠をかけて無力化したから安心していい。ただ外の水は無力化しても変わらない。自立させてるんだろうな。時間が経過するか、なにかしらの能力がないと突破できない」

「あいつは仲間がいるみたいなことを言ってました」

「ああ、最低でも一人は通信室を占拠したやつがいるはずだ。今からそいつも捕まえに行く。お前は引き続きお客さんを安心させろ」

「はい、そっちはお任せします」


 不安だった感情が一気に安堵に変わる。

 トラブルには見舞われたものの、ちゃんと解決しそうだ。

 橘内や姫川は大丈夫だろうか?


 姿は見かけていないが、デパートにくると言っていた妹のことも心配だ。

 群衛は……あいつならどんとでもなるだろう。

 出力的にも水の壁を突破できるだろうし、心配する必要はない。

 お前のような無能に心配されるなんて余計なお世話だ、とでも言われるだろう。


「ひひ。驚いたな。最近の警備員はこんなに強いのか?」

「黙っていろ。通信が回復次第協会に引き渡してやる」

「おいおい、ちょっと待てよ。俺は尖兵であって本隊じゃない。もうそろそろボスが来る頃だ」

「何だと?」


 朋畑さんがトージェンに掴みかかった時、階段から足音がした。

 音からしてかなり重みがある。

 階段へ振り向くと、少しずつ姿が見えてきた。


「電気を落としたのは失敗だったなぁ。面倒で仕方ない」


 現れたのはスキンヘッドの男だった。

 後ろにも何人かいる。

 朋畑さんほどではないが、ずっしりとした体格で、顔に傷痕がある。

 見ただけでも一般人ではないと分かった。

 こっちを一瞥すると面白くなさそうな顔でため息をつく。


「トージェン、お前もしかしてやられたのか? 相変わらずふがいない野郎だ」

「そう言うなよボス。ちゃんと仕事はしただろ」

「どうだか。道中の客もずいぶん見逃してたみたいだし」


 ボスと呼ばれた男が何かをこっちに投げ捨てる。

 それは郡衙だった。

 酷く痛めつけられている。

 すぐに近寄って様子を見たが、命に別状はなさそうだ。

 簡単な手当を行う。


「サイコキネシス持ちだ。逃してたら厄介なことになってたぞ」

「さ、さすがボスだ。へへ」

「お前が首謀者か? 自分から出てくるとはいい度胸だ」


 朋畑さんが前に出る。

 ガッシリとした体格が更に膨張した。


「朋畑さんの能力は筋力強化だ。出力も申し分ない。シンプルだが強力だぞ」

「凄い筋肉ですね……」

「相手の能力は分からないが、朋畑さんなら大抵の能力は文字通り握りつぶせる」


 相手のボスは朋畑さんを見ても怯むことなく近づいてきた。

 相当な自信があるようだ。

 お互いが右腕の拳を振りかぶり、真っすぐ突き出す。

 鈍い音をたてて拳が衝突した。


 衝撃で拳が弾かれる。

 ダメージを負ったのは……朋畑さんだった。

 拳から血が滲み、右腕を抑えている。


「ぐうぅ!?」

「嘘だろ、朋畑さんが力負けするなんてありえねぇ!」

「っ、足立さん、相手の腕を見て下さい」


 ボスと呼ばれた男の右腕がいつの間にか銀色に変わっていた。

 その範囲が広がっていき、やがて全身が変化する。

 まるで金属か何かのようだ。


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