第16話 テロリスト

 一瞬だけ端末の電波が繋がり、検索結果が出た。

 男の名前はトージェン。壁越えの幹部組員と表示されている。

 状態を表す欄には指名手配とあった。

 咄嗟に警棒を取ろうと手を伸ばす。


 だが、それは無意味に終わる。

 トージェンがペットボトルを捨てて両手を高く上げた瞬間、全てのバッグから水が溢れ出てその衝撃でデパートの入り口へと吹き飛ばされた。

 背中を強く打って悶絶したが、すぐに立ち上がる。

 防刃チョッキのお陰か怪我はない。


「ショーの始まりだぜ!」


 周囲から悲鳴が聞こえ、パニックになった人たちが慌ててその場から逃げ出す。

 しかしデパートの周辺の人たちは逃げ出すことができなかった。

 デパートの周囲が水で覆われている。


 分厚い板のように張り巡らされた水はその場に固定されており、触っても波紋が広がるだけでビクともしないようだ。


「むだむだ。俺の水はお前ら程度じゃどうにもできない。今からお前らは人質だ」


 トージェンは水を操作して次々と周囲の人へ向けていく。

 能力を使って抵抗する人もいるが、まるで歯が立たない。

 あっという間に皆水に捕らえられた。

 あいつは相当強力な能力者だ。


 どうするべきか考える。

 闇雲に立ち向かってもダメだ。相手にならない。

 今できることは、目の前に起きた出来事を報告することだ。


 物陰へと隠れ、無線を起動する。

 さっきよりも更にノイズが酷くなっていた。


「足立さん、聞こえますか。足立さん!」

「----」


 無線からは返事が返ってこない。

 トージェンの口ぶりから、能力で妨害してる奴がいるのかも。

 こうなると無線は役に立たない。

 直接伝える必要がある。


 様子を見てみたが、幸い捕まった人たちはそれ以上何かされることはなく拘束されただけだった。

 無理に刺激するのもよくない。

 こんな異常事態、外から見ても明らかだろう。

 すぐに通報されて治安部隊が来るに違いない。


「皆さんに残念なお知らせがありまーす」


 トージェンが楽しそうに叫ぶ。


「仲間たちの陽動で俺らをどうこうできるような治安部隊は五日は来ない。企業群が俺らの要求をのまない限り、お前たちは開放しない。それどころか生中継で数を減らしてやる」


 言っていることは正気じゃない。

 危険分子扱いも納得だ。

 せめて同僚の警備員たちに知らせねば。

 何人かの警備員が音を聞きつけてやってきたが、声をかける暇もなくトージェンにやられる。


 警備員も拘束したトージェンはデパートへと足を向けた。このままだと俺も見つかる。

 なるべく音を立てないようにしてデパートの奥に入った。

 無線が使えないので各フロアに散らばった警備員と合流するのは難しいだろう。

 たしか式典のために多くの警備員が上層のフロアに集まっているはずだ。

 デパートの照明が消える。


 エスカレーターが停止し、非常灯の赤いランプが灯った。

 ブレーカーが落ちたのか? もしかしてトージェンの仲間がやったのかもしれない。

 電気が落ちた影響で緊急扉が閉まっていて移動が阻害されてしまう。

 どうせエレベーターも使えないので、階段を使って登る。

 道中でお客さんたちが戸惑った様子だった。

 このままではトージェンに掴まるだろう。


「上へ移動してください。下に不審者が来てます!」


 声をかけるのがやっとだった。

 下よりは上の方が安全なはずだ。

 本来なら足止めをするべきかもしれないが、とてもじゃないがその役目すら果たせそうにない。


 情けないかぎりだ。

 式典を行っている最上層エリアに到着した。

 非常電源が繋がっているのか、このエリアだけは電気が繋がったままだ。

 式典が行われている大部屋の前に数人の警備員と、少し離れて談笑している身なりの良い客たちがいた。


 どうやら休憩中のようだ。

 息が上がっている俺を見て周囲の人たちは驚いたような視線を向けた。

 中には冷ややかなものもある。

 階段を登りながら無線で何度も連絡を試みたが、やはり事態は何も伝わってはいない。


「どうしたカズヤ君、下でなにかあったのか?」

「朋畑さん、それが……」

「おっと、こっちに来てくれ。ここだとお客さんたちにも聞こえるからな」


 朋畑に連れられて休憩用の部屋に入る。


「それで何があった? 無線でもよかったのに」

「無線は通じません」

「むっ」


 朋畑さんは自分の無線を取り出して状態をチェックする。

 それから試しにどこかへ連絡したようだが、ノイズに阻まれて連絡できなかった。


「いつの間に……」

「指名手配されている壁越えのメンバーがこのデパートを封鎖しました。外を見て下さい」

「指名手配犯だと! あれは水か?」


 デパートの真ん中あたりまで競り上がっている水の壁がここから見えた。

 さっきよりも高くなっている。もしかしたらデパートそのものを覆う高さになるかもしれない。


「外への通信も試しましたができません」

「通信室を抑えられたか。何らかの方法で通信妨害をしているんだろう」

「封鎖したやつがデパートの中に入ってお客さんたちを拘束していってます。俺じゃあ手が出なくて」

「いや、よく知らせてくれた。危うく気付かないまま指名手配犯と対峙するところだった」


 朋畑さんの大きな手が肩を叩く。

 強い衝撃だったが、心強い。


「このエリアにいる警備員を集めてくる。少し待っていてくれ」


 朋畑さんはそう言うと部屋から出て、警備員を集めた。

 人数は十名。


「カズヤ君が先ほど知らせてくれたのだが、指名手配犯がデパートを封鎖した。詳細を説明してくれ」

「分かりました」


 どれだけ時間があるか分からない。

 なるべく急いで知っている情報を伝えた。


「壁越えのトージェン。賞金付きの凶悪犯じゃないか。治安部隊は何してるんだよ」

「仲間もいるって話ですが。主任、どうしますか?」

「ううむ……封鎖されていなければ非常階段を使って客を逃がしたんだが、あの様子では難しいだろうな」

「いっそ迎え撃ったらどうですか? いくら凶悪な能力者っていっても、こっちも戦闘向きの能力持ちがいるし人数ならこっちのほうが上でしょ。能力が水なら対処法もそれなりにあるし」


 足立さんは両手を頭の後ろで組んでそう言った。

 こんな時にも落ち着いている。羨ましい。


「銃の携帯許可を取っておくべきだったか。やるしかないだろう。非戦闘要員はお客様を大部屋の奥へ移動させてくれ。巻き添えになっては困る。カズヤ君もそっちにな」

「分かりました」


 頷くしかなかった。

 生憎俺では戦力にならない。


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