第12話 デパートに移動

「是非お願いします」

「少し大変だと思うけど、頑張ってね」

「はい。ありがとうございます」


 この仕事が終わったら妹に服でも買ってやろう。

 喜ぶ七瀬のことを考えるとやる気がわいてきた。

 学校で橘内にそのことを話す。


「君は勤勉だねぇ。妹ちゃんのためだとしても感心するよ」

「三峠さんのためにもしっかり任された仕事をやらないとな」

「はぁ。もういっそ私のことも養っておくれよ。サービスしてあげるからさ」


 ほらほら、と制服の上から胸を寄せてこっちに向ける。

 橘内は可愛いしスタイルもいいが、残念ながら胸は大きくない。

 いや大きくても関係ないが。


「遠慮しておく」

「そんなぁ。希望が断たれた」


 橘内は机に突っ伏し、両腕を前に出して脱力する。


「下心が見え過ぎなんだよお前は。結婚相手は確実に苦労するな」

「もう、そこまで言わなくていいじゃない」


 こっちの様子を見ていた姫川が苦笑しながら寄ってくる。


「橘内さんはこんなに可愛いのに」

「だよね? 全く失礼しちゃうよ」

「普段の言動から考えれば当然だと思うが? 日頃の行いってやつだ」

「残念。そういえばさ、皆は今度の日曜日は暇?」

「私は暇だけど」

「俺は協会の仕事だ」


 今度の日曜日と言えば、三峠さんに紹介された警備の仕事がある。

 よほどのことがないかぎり休むことは考えられない。


「ええ、日曜日まで働くの? 信じられない」

「貧乏暇なしっていうだろ。まぁ割のいい仕事を紹介してもらったんだよ。それがさっき話した仕事だ」

「ああ、張り切ってたデパートの警備か。結構お得なセールをやるみたいだから見に行ってみたいんだよね」

「珍しいな、日曜日にお前が外出なんて」

「いやいや、私だって出かけるから。ほらこれ」


 橘内から紹介されたのは寝具コーナーのセール情報が表示された携帯画面だった。


「高い寝具はよく眠れるんだよ。だからこのチャンスを逃したくないってわけ。どうせなら一人で行くよりもと思ったんだけど……」

「なら私も一緒していいかな?」

「もちろんだよ! 姫ちゃんと一緒なんて嬉しいな。カズヤは見かけたらお客として声かけに行くね」

「客なら無下に扱えないじゃないか。分かってて言ってるだろ」

「当たり前じゃん。最近はほら、色々と物騒でで歩けなくてストレス溜まってたしたまには発散させないとね」

「協会の治安部隊はまだ来ないみたいだ」

「そうみたい。ごめんね」

「なんで姫ちゃんが謝るのさ」

「だって、治安部隊の隊長は私の父だし……」

「あ、そうなんだ。知らなかった」

「あんまり言ってないから知らなくて当然だよ」


 姫川が人気の理由はその能力だけではない。

 協会の治安部隊の隊長というエリートを父に持つ。

 それを聞きつけて企業群とのコネを欲しがる連中も中にはいるのだ。

 二人と帰宅し、駅で別れる。


 デパートであいつらにとっても良い気晴らしになるといいのだが。

 もしかしたら妹も行くかもしれないな。

 鉢合わせて口論になったらまずい。


 この仕事に関しては先に説明しておくか。

 家に帰ると妹がエプロンをつけて玉子を焼いていた。

 更にはチキンライスが盛られているのでオムライスを作ってくれたらしい。


「お帰り。早く帰ったから夕食つくってるよ」

「ありがとう。食べ終わったらちょっと話があるんだ?」

「ん、なに? 今言いなよ」


 フライパンの持ち手をトントンと叩き、半熟の卵の形を整えてそのままオムライスを乗せる。

 上達したな。料理を始めた頃は玉子焼きをぐちゃぐちゃにしていたのが懐かしい。

 制服から私服に着替えて妹にデパートの警備をやることを話す。


「兄さん、働きすぎだよ。せめて週に一度は休まないと」

「普段はちゃんと休んでるから平気だよ。それに報酬もいいんだ。新しい服欲しがってたし、その金が入ったら買ってやるよ」

「兄さんが危ない目にあうくらいなら服なんていらない。いつも言ってるじゃない」

「まあ落ち着け。警備員って言っても式典とセールで普段より多くなったお客さんの対応がメインだ。大変かもしれないが危険なことなんてないよ」

「でも、近くの区に危険な人たちがいるんでしょう? 壁越えとかいう……」

「まあその影響もあるとは思うが、ちょっと治安は悪くなったくらいだし」


 わざわざ警備の厳重な場所をどうこうしたりはしないはずだ。

 今回の仕事は経歴的にも絶対やっておきたい。

 三峠さんの顔も立てる必要がある。


 なんとか妹を説き伏せ、渋々ながら納得してもらった。

 ちなみに友達とデパートに買い物に行く予定らしい。

 危なかった。やはり言っておいて正解だったな。

 もし妹が本気で怒ったら大変なことになる。


 そしていよいよ迎えた警備の当日。

 制服は貸出されるとのことなので、下に防刃チョッキだけ着込む。

 かなり早い時間に集合となっていたので、朝食を妹の分まで用意して家を出発した。


 ちなみにメニューは玉子焼きに茹でたウィンナー。おむすびに味噌汁だ。ラップをかけておけば妹が目を覚ましたら食べるだろう。

 弁当は持っていかなかった。食べられる時間があるかどうかも分からないし、すぐに食べられるプロテインバーなどをコンビニで買って持っていった方が荷物も減る。

 外はまだ薄暗く、空気は澄んでいた。


 この時間の外は結構好きだ。非日常感を感じるからだろうか?

 集合時間に遅れないように電車に乗り込む。

 意外にもこの時間に電車を利用する人はいる。


 きっと深夜に頑張って働いて今帰っていたり、あるいは出勤したりしているのだろう。

 目的地のデパートがある六区に到着した。

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