第11話 都市を覆う壁

 中にはテロリスト紛いの行動をとるグループも現れ、企業の傘下である協会と激しく争っているのだ。

 誰も壁の外を見たこともないのに。

 ある意味壁の外に対する信仰だな。これは。


 都市の中では幸せになれないが、壁の外に出れば幸せが待っていると。

 だから壁越えに所属する連中はどいつも社会からドロップアウトしている。

 真っ当に生きている人たちに迷惑をかけながら。


 俺は壁の外なんてどうでもいい。妹が幸せに過ごしてくれるなら、壁の中だろうと何の問題もないのだ。

 ただ少し壁という存在が気になった。


 それから数日後、協会の仕事もなく土曜日が丸々空いた。

 家で過ごしてもよかったのだが、胸の中のもやもやを解消するために一度壁を見ようと決める。


「兄さん、どこ行くの?」

「ちょっとぶらぶらしてくるよ」

「あっそ。あんまり遅くならないでね」


 妹は雑誌を眺めながら見送ってくれた。

 移動には電車を利用し、しばらく席に座って景色を眺める。

 家から壁のある都市の果てまでは電車で一時間ほど。


 わざわざ休日を潰してまで見に行くもんじゃないなと自分の行動に苦笑した。

 人生は暇つぶしというし、何も考えずにぼーっとしてみるのもたまにはいいだろう。

 そして一時間後、乗り換えをしながらついに壁のあるエリアに到着した。

 駅名は壁の地となっている。


 壁そのものは電車から見る風景で途中から目視できていたが、やはり間近で見ると大きい。

 都市をぐるりと囲うこの壁を牢獄と評するのも分かる気がした。

 高さは五十mはゆうにある。壁のせいで真昼なのに周囲は薄暗い。

 壁に対しての破壊行動は死刑も含めた厳罰だ。


 確か許可なく触れるだけでも罪に問われる。

 そんな壁を破壊しようとしたり、あるいは飛び越えようとしている壁越えの連中はやはりアウトロー集団だな。


 巨大で無機質な物体を眺めていると圧迫されるような感覚を感じる。

 ここがデートスポットには適していないのは確実だ。

 ずっと眺めていると、閉塞感でどうにかなってしまいそう。

 帰るにしてもまた一時間ほど電車で揺られることになるので、腹に何か入れておきたい。


 近くにコンビニでもないかと少し歩いて散策したら小さな食堂があった。

 営業中のようだ。

 店に入ると、ぽつぽつと客が座って食事をしていた。

 意外と人はいるようだ。


 空いている席に座ってメニューを確認すると、名物壁カレーというものがあった。

 どうやらご飯を壁に見立ててカレーと揚げ物を隔てているらしい。

 値段は……意外と手頃だ。


 物は試しと注文してみると、それほど待たずに持ってきてくれた。

 値段の割に大きい。長方形に固められたご飯を崩してカレーのルーと共に食べる。

 味は普通だが意外と遊び心があって楽しい。

 食べ進めながら軽く店内を見てみる。


 どうやら壁の清掃やメンテナンスを行う作業員向けの食堂のようだ。

 どんなところでも仕事は発生するのだなと感心する。

 食べ終わり、食器を返却棚に持っていって店を出た。


 ボリュームが凄かったな。妹にお土産として壁クッキーを買って電車で戻った。

 意外とこの辺の店は商魂たくましいな……。


「ただいま」

「おかえりー」


 家に帰ると妹はストレッチで体をほぐしていた。

 ぺたりと床に胸が引っ付く。相変わらず体が柔らかい。


「これお土産」

「え、なになに? ……兄さん、これ本当になに?」


 買ってきた壁クッキーを見た時の、妹の表情はなんとも言い難いものだった。


「あ、でも美味しい」

「素朴な味だな」


 最後は喜んでくれたのでよしとしよう。

 壁を見ても胸の中のモヤモヤは晴れなかったが、そんな不安とは裏腹にしばらく問題のない日々が続いた。


 橘内は相変わらず寝ているし、郡衙は機嫌が悪い。

 姫川は大人気。学校はいつも通りだ。


 パトロールではトラブルが絶えないが、前のような危険な目にはあっていない。

 ただリカの姿を見かけなくなった。親に外出を咎められたのかも。

 会えないと少し寂しいな。なんだかんだでリカと会えるのを楽しみにしていた。


「部隊の派遣が延期になったわ」

「そうなんですか?」


 協会の受付である三峠さんからそんなことを言われる。

 報酬を受け取った直後だったのであやうく携帯を落とすところだった。


「トラブルの増加率は問題視されたものの、大きな事件は起こってない。それに加えて中央で問題が起きたそうなの。だからそっちを優先するみたい」

「そろそろだと思ったんですが……仕方ありませんね」

「期待させておいてごめんなさい」

「いえ、三峠さんが謝るようなことじゃないですよ」


 企業の制圧部隊は企業の都合で動く。

 分かっていたつもりだが、いざそうなると少しばかりショックだ。


「代わりと言ってはなんだけど、新しい仕事があるの。美味しい仕事だと思うんだけどどうかしら?」

「仕事、ですか」

「ええ。二区に大きなデパートがあるでしょう? あそこで大きな祭典が予定されているのだけど警備強化のために協会にも要請が来たの。お客さんを安心させるために配置したいみたいだから能力よりも真面目かどうかを重視してて、君にピッタリだと思って」


 提示された仕事の概要に目を通す。

 二十周年を記念して記念式典と合わせて大掛かりなセールを行うらしい。

 丸一日拘束されるが、得られる賃金はパトロール四日分を超えている。


 内容はほぼ警備員で、お客さんへの対応も含まれていた。

 地味だが大切な仕事だ。安心して任せられると判断されたのだろう。

 そう思うと頑張ってきてよかったと思う。

 少しは報われるもんだ。


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