第10話 壁越え

 あの<斥力>という能力は素晴らしい効果だった。

 サイコキネシスの一種だと思うが、対象を指定できてあの出力は見事だ。

 全力がどれほどか分からないが、Sランクに認定されてもおかしくない。


 学校でもかなり期待されていると思うのだが、本人は繁華街で遊び歩いている。

 今日のようなときのために護身用にコイルガンでも買うべきか。しかし高いんだよな……。

 手続き中に仕事の終了時間が来た。


 リカを待たせているので、手続きを終わらせて今から向かうとメールを送る。

 以前にも荒事ではないが仲裁を手伝ってもらったことがあって、その時にアドレスを交換した。

 たまにふざけたメールを送ってくる。


「こっちこっち」


 ハンバーガーが売りのファーストフード店の前で待ち合わせたのでそこへ向かうと、リカが待っていた。

 手を大きく振ってアピールしてくる。

 正直リカはかなり可愛いし、奢り目的とはいえ嬉しそうに待ってくれているとこっちもかなり嬉しい。


 だがこれはあくまでもお礼だ。

 勘違いして言い寄ったりすればこれまで培ってきた信頼なんてあっという間に崩れ去るだろう。


「悪い、待たせたか?」

「別に? ゲーセンぶらぶらしてたから大丈夫」

「そうか。じゃあ早速注文しよう」


 店員に新商品のおすすめセットを注文する。

 リカも同じものだが、Lサイズを注文していた。

 遠慮はないが貸し借りを考えれば足りないくらいだ。デザートも付ける。

 チョコレートパイにした。


 見た目に寄らずリカはかなり食べる。

 能力の燃費が悪いのかもしれない。

 商品を受け取って席に座る。

 深夜だからか客はほとんどいなかった。


「それじゃあご馳走になりまーす。いただきます」

「どうぞ召し上がれ。俺が作ったもんじゃないけど」


 ハンバーガーの封を開けると、リカはあーんとかぶりつく。

 俺も食べることにした。


「うま~。これ美味しいね先生」

「ああ。ソースの辛子マヨネーズがピリッとくる」


 どうやら当たりだったようだ。

 あっという間にデザートまで食べ終わると、リカは大きく伸びをする。


「お腹いっぱい。幸せー」

「満足してくれたならよかったよ」


 お礼としては安いものだ。

 そこで帰ってもよかったのだが、客のいない店の中で少しばかりゆっくりする。


「最近治安が悪いんだよね。先生とかが頑張ってくれてるけどさ。余所者が他の地区から流れてきたみたいで」

「さっきの連中か。壁越えを目指してるとかいう」

「迷惑だよね。私たちは壁に守られて安定してるっていうのに、自分たちの都合でどうにかしようだなんて」


 リカはストローの紙袋を指でつつきながらポツリと語る。

 彼女なりに思うところは色々とあるようだ。


「もうじき協会の機動部隊が掃除をしにくるらしい。それまでの辛抱だ」

「どうかな? あの人たちは強いし、来てくれたらそうなるだろうけど、あの人たちが優先するのは協会にお金を出してる企業だよ。もし他に企業群が優先することが起きたら必ずそっちに行く」

「それは……」


 あり得る話だった。

 奇麗なお題目を掲げていても協会は企業群の意向を最優先する。

 そのための組織だからだ。


「ごめんねー。先生に愚痴を言っても仕方ないのに」

「聞くくらいはいくらでもするさ。リカには世話になってるからな」


 この繁華街にいる知り合いでリカ以上に情報通の人物はいない。

 その情報のおかげでトラブルを防止できたことも一度や二度ではなかった。

 それに同年代の女子が弱音を吐いているのだ。男としてそれを受け止めるくらいはしてやらないと。


「やさしーね先生。妹がいるんだっけ? だからなのかな」

「優しいかな? 俺はあんまりそう思ったことはないけど」

「優しいよ。でも心配だな。その優しさが命取りになるかもしれない」


 リカが上目遣いでこっちを見る。

 その瞳は少しだけ潤んでいた。


「じゃあ、もしリカが近くにいてまた危ない時は助けてくれ。それなら安心だろ」

「ぷっ、なにそれ。先生って面白いよね。分かった。もしそうなったら私が助けてあげる。さっきも見たと思うけど私はとっても強いからね。なんせ--」


 リカの携帯が着信音を鳴らす。

 先ほどまで笑顔だったリカは少しだけその笑顔を曇らせた。


「ごめん先生。私家に行かなくちゃ」

「分かった。今日はお開きにしよう。改めてありがとうな」

「……うん。またね、先生」


 家に帰るのではなく行く。奇妙な言い回しだ。

 リカにとって家は帰る場所ではないのだろう。

 笑顔が曇った理由が気になったが、それはいくらなんでも踏み込み過ぎだ。

 俺とリカは友達くらいには思っている。

 いずれ話してくれたらその時力になろうと思った。


 家に帰り、こっそりと自分の部屋に戻る。

 急がないと夜が明けて妹が目を覚ましてしまう。

 急いで服を脱いで洗濯機に突っ込む。シャワーを浴びて身綺麗にした。

 蹴られた場所が痣になっている。


 妹には見られないように注意しないと、また何かあったのかと泣いて怒られる。

 あれは本当に堪えるので、なんとか隠し通さないと。

 しかし怪我らしい怪我がこれだけで良かった。

 助けてくれたリカのお陰だ。


 服を着てベッドに潜り込み、朝までの残り少ない時間を睡眠に充てた。

 幸い妹にはバレずに朝を迎えることができてホッとする。

 この生活も学校を卒業するまでだ。

 協会に就職すれば妹も認めるしかないだろう。

 しかし……壁越えか。


 都市と外を遮る、難攻不落の壁はこの都市が設立された時に一緒に建てられたと聞いている。

 脅威があると言われている外界から都市を守るために。

 だが、皮肉にも壁は都市から外へ出ることも封じた。

 外になるがあるのかは企業しか知らない。


 そして都市は企業が全てを支配している。

 そのことを快く思わない人たちは、やがて企業が壁を使って都市の人たちを閉じ込めていると考え始めた。

 やがて壁の外には楽園が広がっているという何の根拠もない妄想を語りその規模を増やしている。


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