第9話 優れた能力

 出ていた腹も完全に引っ込んでいる。

 腹に血液を溜めていたのか?

 この能力を活用するためにわざと太っているのかもしれない。

 振り下ろされた拳を後ろに跳んで回避する。


 相手の拳はそのまま地面へと衝突し、コンクリートに穴をあけてしまった。

 圧倒的な破壊力だ。こんなの分厚いジャケットを着ようが防御しようが関係ない。


「やばいんじゃないか?」

「通報した方がいいんじゃ」


 ただの喧嘩に収まりそうもない雰囲気に周囲の野次馬も騒ぎ始めた。


「おい、そろそろ終わらせろ。目立つ過ぎるとよくない」

「へい」


 地面から引き抜いた腕が再び振り上げられた。

 避けるためにこれ以上後ろに移動すると周囲の人を巻き込んでしまう。

 一か八かカウンターを狙ってみるか?


 だが失敗すれば頭がスイカのようにはじけ飛ぶだろう。

 妹を残して死ぬわけにはいかない。最悪逃げるしか……。

 だが逃げ出せばこの職を失う。


 考えている間にも相手の拳は迫ってきていた。

 やるしかない。警棒を相手の頭に向かって振る。


「何やってんのさ。こんなところでぇ」


 次の瞬間、相手の男は吹き飛ばされていた。


「お疲れ様。大丈夫〜? 夜回り先生っ」


 明るい声が聞こえる。

 この声は間違いない。リカの声だ。

 吹き飛ばされた男は完全に伸びていた。

 強力な力で顔面を殴られている。


「騒ぎが起きてるって聞いたからさぁ、もしかしたら先生が巻き込まれてると思って見に来たんだよね。危なかったじゃん」

「あ、ああ。助かった。ありがとう」

「素直にお礼を言えて偉いぞ。お礼にご飯奢って貰おうかな」

「それはいいけど、さっきのは……」


 何らかの能力でリカが助けてくれたのだとようやく理解できた。

 女の子が一人夜の街を出歩いていたので護身に長けた能力かと思っていたのだが、想像以上の力を持っていた。


「まだやるぅ?」

「チッ」


 リカの態度は自然体だ。

 だがこの場を支配しているのは間違いなくリカだった。

 相手のリーダーらしき男は舌打ちをした後ポケットからナイフを取り出す。


「女の子相手に刃物抜くわけ? ダッサ」

「女が舐めるんじゃねぇ」

「あのさぁ、今どき男とか女とか古いっての。それにぃ。能力の強さに性別は関係ないっしょ」


 リカの言う通りだ。

 優れた能力は性別差を超越する。

 先ほど大男をリカが吹き飛ばしたように。


 相手の男がナイフを投げる。

 すると能力を使用したのかそのナイフが一気に加速してリカに迫った。


「危ない!」


 防刃チョッキを着ている俺なら当たっても大丈夫だと判断し、庇おうとする。

 だが、いつまで経ってもナイフが当たることはなかった。


「先生やっぱり優しい〜。そういうとこホント好き。でも大丈夫。だって私は強いから」


 棒付きの飴を舐めながらリカは長い髪をなびかせた。

 普段は少し気の抜けた感じだが、今の堂々とした立ち振る舞いはいつもとは違った様子で、とてもカッコよく見える。


 振り向くと投げられたナイフは当たる手前で静止していた。

 いや、少しずつ押し戻されている。

 相手が何らかの能力でナイフをこっちに押し込もうとしているが、リカの能力に押し負けているのだ。


「私の能力はね。<斥力>だよ。斥力って知ってる?」


 斥力とは引き寄せる引力と反対の性質を持つ、反発する力のことだ。

 その力を使ってナイフから俺を守ってくれた。


「ちょっとどいてー」


 リカに軽く手で押されると、身体が浮いた。

 華奢なリカにそんな腕力があるとは思えない。

 これも<斥力>か。


「降参する?」

「誰がするか!」

「あっそ」


 リカが相手に手を向けた瞬間、ナイフが反転して相手へと向かう。

 相手の顔をかすり、そのまま壁に突き刺さった。

 手の平を上にし、人差し指を親指で抑える。


「バン」


 リカの合図と共に相手の男が吹き飛んだ。

 地面に叩きつけられ、そのまま動かない。

 衝撃を受けて気絶したようだ。


「ほらほら、見世物は終わり。解散してよー」


 リカはあっという間に相手を倒し、両手を叩いて周囲に解散を促す。

 リカの言葉に従い、野次馬たちは夜の街に消えていく。

 いつの間にか喧嘩をしていたもう片方の男もどこかへ行っていた。

 逃げる元気があったのなら構うまい。


「ありがとう、助かったよ」

「いえーい。カッコよかった?」

「ああ、とっても」

「ガチで感謝されると照れるんだけど」


 気恥ずかしいようにリカが頬をかく。

 彼女は意外と純情な面があるのだ。


「それでこれどうすんの?」

「そろそろ応援が来る頃だ。協会の詰所で反省してもらう」


 協会には警察機構としてセキュリティ部署がある。

 犯罪者に認定されるとそこへ引き渡されるのだ。

 ようやく応援のパトロール員が来たので、状況を説明し連れて行くのを手伝ってもらう。


「先生は戻ってくる?」

「ああ、まだ仕事中だし戻ってくるよ」

「じゃあ待ってるね。お礼に奢って貰わなきゃいけないし」

「分かった。本当に助かったしそのくらいお安い御用だ。ただし仕事が終わってからならいいぞ」

「やりぃ。適当に時間潰してるからメール頂戴ね」


 リカに手を振られて送り出された。

 移送中に他のパトロール員に話を聞くと、小さなトラブルが多くて駆けつけるのが遅くなったようだ。悪かったなと労われた。

 そういうことなら仕方ない。


 詰所まで移動してセキュリティ部門に連中を引き渡す。

 すると認証の結果、彼らは壁越えの組織の一員だそうだ。

 と言っても下っ端でそれほど価値はない。

 少しだけだがポイントが入ったのはありがたい。わざわざ首を突っ込んだ甲斐があったか。


 しかし十分に準備していてもやはり能力者を相手にするのは難しいな。

 リカがいなければどうなっていたことか。


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