第8話 ケンカの仲裁

「あー、その。掃除の特には役に立つかもね」

「微妙な慰めは止めてくれ。姫川、もう手を放していいぞ」

「うん」


 姫川の手が離れる。

 少し名残惜しかったと思う感情を押し殺した。


「元から期待してなかったんだ。サッパリしたよ」

「あんまり力になれなくてごめんね」

「お前が気にすることじゃない」

「ならさ、お姫ちゃん。私もちょっと試していい?」

「もちろん」


 橘内が嬉々として姫川の手を握る。

 それどころか腕を組んで、空へと手を広げた。

 変化はすぐに表れる。


 あっという間に周囲が真夏のような気温に上昇していった。

 橘内の手の先に圧縮された火の玉が生まれる。

 一円玉程度の大きさだが、膨大な質量が閉じ込められているのがその熱気から伝わってくる。


「お、おい。制御は大丈夫なのか?」


 そんなものを周囲に放てば大惨事になる。


「分かってるって、ちょっと勢いが良すぎただけだから」

「ちょっと私も弱めるね」


 小さな太陽とでもいうべき火の玉がゆっくりと萎んでいき、消えていった。

 気温が元に戻る。今のは間違いなく特級クラスの能力だ。


「凄いね。あっさり限界だと思っていた壁を超えれちゃった」

「能力の相性が良いみたい。あと触れる面積が広いからかな」

「これは人気になるのも分かるなぁ……」

「ほら、終わったならさっさと行こう。能力の無断使用は怒られるから」

「はいはい。ありがとね」


 橘内の能力があれ程とは。

 姫川の補助なしでも相当な出力のはずだ。

 羨ましくないかと言えば噓になる。

 しかしない物ねだりはもうやめた。

 人間には知恵と肉体がある。


 それは鍛えれば鍛えるほど役に立つ。

 できることをやるしかないんだ。

 駅に到着し、姫川と橘内と別れ自宅へと戻った。

 今日からまた繁華街のパトロールだ。


 妹と夕食を済ませ、着替えてから再びいつもの方法で部屋から抜け出した。

 いつもの装備に加えてバッグにヘルメットを備えてある。

 これで酔っ払いが暴れても安心だ。


 ビール瓶で殴られても頭を守ることができる。

 さすがにそんなことは滅多にないが、いざという備えがあるのは安心だ。

 繁華街に到着したら予定通り全体をゆっくりと回る。


 いつも通りの様子だ。今日もそれほどトラブルはなさそうだな。

 そう思っていると、道中に人だかりができているのが見える。

 何かあったのかと思って近づくと、三人組の男と威勢のいい青年が口論になっていた。


 今にも手が出そうな空気だ。

 他にもいるはずのパトロール員にトラブル発生と無線を飛ばす。


「何があったんですか?」

「あん? ああ夜回り先生か。肩がぶつかったって言い争いになったんだよ。ただどっちも酒が入ってるみたいで段々ヒートアップしてさ」

「なるほど、そういうことですか」


 よくある酔っ払いの言い争いだ。

 仲裁に入る必要があるな。


 一触即発で今からヘルメットを着ける時間はなさそうだ。

 人の輪を押し退けていく最中に三人組の方から手を出してしまった。

 もうちょっと我慢しろよと舌打ちしつつ、現場に移動できた。


 殴られた青年は道路に転がり、立ち上がろうとするが酒が入ってるせいか上手く立ち上がれない。

 三人組の方は気が済まないのか更に殴ろうと近づく。


「そこまで」

「何だお前」

「協会のパトロール員だ。揉めごとを起こすな」

「んだと……。ガキじゃねーか! 邪魔するならお前もタダじゃ済まさねぇ」


 気性の荒い連中だ。

 協会の名を出しても怯まない。

 こういう時は制圧許可が出ている。

 ただ三人相手となると俺一人では難しいが他のパトロール員が来るまでやるしかない。


 幸いこっちを侮っているのが丸わかりだ。

 男の一人が大振りの構えで殴ってきたので、身を屈めて相手の懐に潜り込みボディーに一発入れる。


「ごほっ」


 顎が下がってきたところを打ちぬけば気絶させられる。

 相手が油断していたのもあって見よう見まねのボクシングだったが上手くいった。

 問題は残り二人だ。


 周りの観客は野次を飛ばすだけで協力してくれそうな気配はない。

 俺より二回りは大きな体格の男が前に出てくる。

 顔に入れ墨をしており、なんというか厳つい相手だ。


 腹が少しでていて太っているものの、こいつは脂肪だけではない。

 素手では勝ち目がない。護身用に支給された警棒を装備する。

 右足を蹴られたのでガードしたが、衝撃で当たった場所が痺れた。


「この程度か」


 体格差がそのまま戦力差になっている。

 それに、何の能力を持っているか分からないのが問題だ。

 先ほどの男は何かする前に無力化できたのだが……。


 くそ、他のパトロール員はまだ来ないのか?

 両腕を顔の前に出して相手の蹴りや拳をひたすら防御する。

 こういう時のために頑丈なジャケットとズボンを用意したのだ。

 たしかに衝撃が凄まじいが、何とか耐えられる。


「ちょっとは頑丈なサンドバックだな」

「息が上がってるぞ」


 これだけ打ちのめされたのに倒れない俺を見て、少し焦りが見えた。

 しかしこっちの警棒も相手に防御されて有効打にはならない。

 このままだと押し切られる。

 もしくは地面に転がされたらそのまま体格差でおしまいだ。


「兄貴、構わないよな」

「好きにしろ。協会とはいえ末端の雑魚ならそう問題にならない」


 背筋がゾクッとする。

 強面の男の雰囲気が変わった。

 能力を使用するつもりだ。


 相手をよく観察し、どのような能力なのかを見極める。

 どんな能力でも、発動の際はなにかしら予備動作であったり予兆があるはずだ。

 強面の男の下半身が萎み、上半身がデカくなる。


 ある意味コミカルな、デフォルメされたような恰好だった。

 なんだこれは……?

 周囲の見物人たちもその様子にざわつく。


「俺の筋肉を見てるか? 俺の能力は血流操作でな。ある程度体内の血を自由に移動させられる。こんなこともできるぜ」


 強面の男は右腕を折り曲げ力こぶを見せつけるポーズをとる。

 立派な力こぶが主張していた。

 より力を込め始めると、力こぶが更に大きく盛り上がる。


「この腕でお前を殴れば一発でペシャンコだぜ」


 俺の顔ほどある力こぶがその力強さを象徴していた。

 パンプアップという言葉を聞いたことがある。

 筋肉に刺激を与えると、周辺の部位から筋肉に血液が流れ込み大きく膨らむ現象だ。

 どうやらこの男は自分の意志でそれを引き起こせるらしい。


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