第7話 役に立たない

 それから数日間は落ち着いた日々を過ごせた。

 学校では相変わらず肩身が狭い思いをしたものの、それ以外は順調だ。

 協会員として真面目に頑張っているので企業群からの評価も能力の割にそれなりに良い。


 姫川とは相変わらず距離感があるままだ。

 たまに一緒に帰ることはあるがそれだけ。

 昔のように仲良くとはいかないし、そうするつもりもない。

 姫川の能力はどこでだって重宝される。


 四大企業のどこかがすでにアプローチしていてもおかしくないだろう。

 文字通り住む世界が違うというやつだ。

 姫川だって、学校を卒業すれば俺のことを忘れていくに違いない。

 橘内もやる気を出せばスカウトを獲得できると思うが、本人にその気がない。

 もったいないと思いつつ、本人の自由なのでいちいち何か言うことは止めた。


「平和だねぇ。何にもないんだしそろそろアレ解除して欲しいんだけどなぁ。寄り道もできやしない」

「何かあったら学校の責任になる。それが嫌なんだろう。完全に安全が確認されるまでは続くんじゃないか」

「やだなぁ」


 ことなかれ主義という奴だ。

 だが正直なところ気持ちは分かる。余計なトラブルは避けられるなら避けたいのだ。


 協会で仕事をするうちに同じような気持ちになったことがある。

 相手の立場にならないと分からないこともあるよなぁと思った。


「これじゃあ吉柳にたかることもできないじゃないかー。つまらないぞー」

「そもそも俺にたかるな」

「えー。君は協会で稼いでるんだろう。知ってるんだぞぉ」

「まあ隠してるわけじゃないからな」


 繁華街のパトロールではうちの学校の生徒とも会うことがある。

 学校側の許可は得ているので問題はない。

 むしろ推奨されたくらいだ。企業群からノルマでも課せられているのかもしれない。


「君と僕の仲じゃないか」

「ええい、くっつくんじゃない」


 いつもの眠そうな緩慢さとは違い、俊敏な動きで腕を絡ませてくる。

 腕に胸の感触が伝わってきた。

 だがそれ以上に締め付けてくる力が強い。

 これは頷かないと離す気がないな。


「分かったよ。今度何か奢ってやる。その代わりに貸し一つだからな」

「わーい。でも貸し一つはどうかなぁ。ちょっとは感触楽しんだんじゃないの?」

「ゴリラみたいな力で掴んできてよく言うな。いいか、貸し一つだからな」

「女の子にゴリラは酷いじゃないかな?」


 横から姫川が声をかけてくる。


「だよねーお姫ちゃん。私とっても傷ついちゃったよ。よよよ」

「どう見てもウソ泣きだろうが……」

「私も奢って欲しいなぁ」


 姫川が潤んだ瞳で上目遣いをして見つめてくる。

 橘内とは違い、色気があった。


「分かったよ」

「私と反応違くない!? まぁお姫ちゃんだから仕方ないか」

「ふふ、約束だからね。橘内さんも一緒に帰ろう。皆もう居ないよ」


 いつの間にかクラスでは俺たちだけになっていた。

 あまり長くいると教師に追い出される。

 三人で駅まで向かうことにした。


 橘内は姫川に興味津々で、良い機会だからと話しかけていた。

 なので二人組に俺がオマケでついていく構図になっている。

 姫川は時折笑みを浮かべながら橘内を相手していた。

 相変わらずそつのないやつ。


「そうだ、姫川さんのお父さんって企業直属の部隊にいるって本当? <パトリオット>だっけ」

「うん、そうだよ。とは言っても知ってるのはそれくらいなんだけどね。守秘義務で家族も殆どなにをしているのか分からないの」

「そっかー。ちょっと話を聞かせてもらいたかったんだけど、そりゃそうだよねぇ」

「興味あるの? 橘内さんが部隊に入りたいなんて意外だけど」

「まさかぁ。興味本位だよ。私は学校を卒業したら寝ながらでもお金を貰える仕事に付きつもりだから」

「ええと、そんな仕事あるのかな?」

「俺に聞かれても……そんな仕事聞いたことないな」

「探せばないかなぁ」

「諦めて働け。せっかく才能があるんだから」

「私は諦めないよ! それにこんな才能は要らなかった。燃やすしか能がない、こんなもの……。あ、ごめん」

「こういう場合、謝られた方が気になるんだよ。気にせず流してくれた方が良い。それに俺だって無能力者なわけじゃないんだ」

「まあ、そうだけど。あ、君の場合姫川さんが協力したらどうなるの?」

「どうだろう」


 実は子供の時少し試したことがあるだけで、姫川の協力を得られたら俺の能力がどうなるかは知らない。その時だって僅かな時間だった。


 仮に効果が出たとして、姫川抜きでは使えない能力に価値を感じない。

 元々諦めていたので試そうとも思っていなかった。

 ただ遊びとして一度試してみるのは面白そうだ。


「ちょっとやってみる? 私はいいよ」

「そう……だな。一度くらいやってみるか。姫川、頼む」

「うん」


 姫川が手を差し出してくる。

 その手を優しく握りしめた。

 白魚のような手の触り心地に少し心臓の鼓動が早くなる。

 やましい気持ちはないのだが、咳払いをしてごまかす。


「照れてんの」

「うるさいな!」

「それじゃあ、始めるね」


 姫川の手を通じて、熱いエネルギーが伝わってくるのを感じる。

 恐らくこれが姫川の能力である強化なのだろう。

 まるで血管が拡張するかのような錯覚を感じ、普段はほとんど感じられない能力に対する感覚が鋭くなっていく。


 俺に宿る能力の反応が今までとは全く別物だ。

 これならと思い、開いた左手を開いて近くの公園へと向ける。

 土が僅かに振動して揺れる。


「おお、雰囲気出てきた。いつもとは大違いだ」


 橘内がからかってきたが、能力の制御に集中していて返事を忘れた。

 俺の能力は磁力だ。


 念動力であるサイコキネシスに比べて対象が限定的であり、しかも出力が弱い。

 鉄のネジに触ると掴まなくても指から離れないが、引き寄せるほどの力はない。

 何の役にも立たない能力だが、明らかに姫川の力で別物に感じる。

 そうして能力を解放した結果、ゴミ箱に捨てられたスチール缶が三本ほど手元に飛んできた。


 残念ながらそれで終わりだ。

 土の中にある砂鉄や、公園の器具はビクともしない。

 空っぽのスチール缶を引き寄せるのがやっと。

 姫川の補助有りでこれか。

 やはり、全く役には立たないな。

 せめてこれが通常時の出力ならもう少し使い道もあるのだが。


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