第5話 廃工場
事務所を出たら念のため鍵を閉め直し、一番近くの工場へ移動する。
シャッターは閉まっているのでシャッター横の出入り口の鍵を開けて中に入った。
中は窓から僅かな明かりが差し込むのみで正直かなり暗い。
工場内なら工具や危険なものが足元に転がっていてもおかしくないので、まず照明のスイッチを探す。幸い近くにあった。
電気はまだ通っているようで、天井の明かりがついていく。
明るくなって最初に目に入ったのは巨大な装置だった。
いくつものタンクがあり、上にあるリフトで何かを吊るしてそのタンクに入れる構造になっていた。
こんな巨大な工業機械は見たことがない。思わず少し圧倒されてしまった。
動かないのが少し残念だ。勝手に触るわけにもいかない。
シャッターのボタンを押して上げる。換気して欲しいという指示があった。
大きな音を立てながらシャッターがゆっくりと上がっていく。
これほど大きなシャッターがあるということは相当巨大な物を加工していたに違いない。
さて、工場の確認といっても具体的に何をすればいいんだろう。
事前に依頼文を確認したかぎりでは、危険物の薬品のタンクの写真をとってきて欲しいとあった。
片づけなんかはしなくてもいいようだ。
どうやらこの工場群は金属のめっき加工をしていたようだ。
内容は亜鉛、ニッケル、クロム……理科の授業で聞いたことがある。
貯蔵されているという黒いタンクは奥を探したらすぐに見つかった。
俺よりも背の高い黒いタンクが四つもある。ツルツルした板で蓋がされている。
梯子が壁に立て掛けられていたので、それを移動させてタンクの上まで移動した。
蓋をずらし、中身の確認をする。
その瞬間、中の空気に鼻が反応し大きくむせた。
梯子が揺れて危うく後ろへ倒れそうになった。
慌ててタンクの縁を掴む。
身体が拒絶反応を起こしているようだ。
すぐに顔をタンクから離し、タンクより顔を低くして深呼吸する。
マスク持参って書いてあったのはこのためか。
そういえば薬品を直接嗅ぐなって授業で注意されたな。
こうなるからか。迂闊だった。もし意識を失うような猛毒なら下手すると今ので倒れていたかもしれない。
マスクをしてタンクの中を確認する。鉱石をイメージしていたのだが、中に入っているのは液体だ。
しっかり薬品が見えるように写真をとり、梯子を下りた。
他の三つのタンクも同じように写真をとっていく。
ただ最後の一つは空になっていた。
これでこの工場内の薬品の確認は終わりだ。
後は他に異常がないか歩いて回る。
念のため工場内の写真もとっておく。異常らしい異常は確認できなかった。
換気扇は回っているようで、閉め切っていた割りにはそれほど息苦しさも感じない。
シャッターの閉まるボタンを押して二つ目の工場に移動する。
二つ目の工場の中に入ると、先ほどとは違う光景が広がっていた。
小さめの機械がたくさん並べられている。
奥には横に長い設備もあった。
機械の構造を見ると、中心に何かを固定してそれを回転させながら砥石を当てる仕組みになっているようだ。
研磨機と書いてある。
これで加工する品物を磨いていたのだろうか。
この工場で確認するのはこの研磨機で使用する研磨剤のようだ。
廃液がタンクに貯められているらしいが……。
「うわっ」
それっぽいタンクの蓋を開けた瞬間、マスクを貫通するほどの腐食臭が立ち上ってきた。
先ほどとは違う意味でむせる。
中の液体が腐っているのか、それともこういう匂いなのかは分からないが強烈な刺激だ。
写真を撮って急いで蓋をする。
例え泥棒でもこれは盗まないだろう。
使用済みの砥石も書かれていた数と一致する。
ここも大丈夫そうだ。
次の三番目の工場は少し離れた位置にあった。
他二つとは違い、たくさんの配管が伸びているのが見える。
よく見るとその配管が他二つの工場に繋がっていた。
早速鍵を開けてドアを開けようとしたが、建て付けが悪いのか引っかかって開かない。
仕方ないので肩をドアにあてて体重を使って押し込む。
ゆっくりとドアが開いていき、半分ほどの位置になると一気に開いた。
「やれやれ」
照明のスイッチを入れて天井の明かりをつける。
すると中央に巨大な設備が鎮座していた。
この工場はどうやらこの設備の為だけに用意されたようだ。
今まで見たものと違って用途が分かりにくい。
近寄ってみると、足元注意の看板があった。
ところどころに四角い穴が空いている。
なぜこんな所に穴があるのかと思っていると、その下では水が流れていた。
耳を澄ませると水が流れる音が聞こえてくる。
それから周囲をぐるりと回って確認してみると、繋がっている配管から水が出入りしているようだ。
どうやらこの設備は浄水用のものらしい。
薬品を使用して汚れた水を排水として流せないから、ここで排水できるレベルに奇麗な水として還元させるといったところか。
よく考えられているなと感心した。
工場というものはもっと汚くて適当なものだと思っていたのだが、非常に効率的に考えられている。
この工場では設備に傷がないかの確認と四方向からの写真か。
穴に落ちないように気をつけながら作業を完了した。
工場見学をしている気分だったが、意外と面白いな。
お金を貰ってこれならお得といってもいいだろう。
こういう仕事が他にもあったら引き受けてみるのも面白いかもしれない。
建て付けの悪い扉を頑張って閉めて鍵をする。
頼まれた仕事はこれで終わりのはずだ。
指定されたアドレスへ全てのデータを送信する。
これで問題なければ協会に完了申請が送られることになる。
ちょうど時刻は昼を過ぎたあたりだ。
トラブルらしいトラブルもなく順調で、思ったよりも早く終わった。
後は鍵を返せば終わりだ。
ヘルメットをバッグに積みこみ、鍵を事務所に返しておいた。
後はゲートから出れば完了だが、少し腹が減ったな。
ここを出たら家に帰るまで腰を落ち着けられる場所がない。
駅にはベンチも設置されていないし、ここでおにぎりを食べていこうか。
適当な箱の上を手で払い、奇麗にして座る。
手はウェットティッシュで洗う。
マスクを仕舞い、おにぎりを出す。
ラップをはがしてかじりつくと。塩気と米の甘味が口に広がった。
具はないが大き目に作ったので満足感はある。
二つ目を食べ終わると、足元に猫がきた。
いつの間にか近づいていたようだ。
「悪いな、お前が食べられそうなものは持ってないんだ」
猫は足にすり寄ってくると、小さく鳴いて地面に転がり頭を靴に擦りつけてくる。
困ったな。多分腹が減ってるんだろう。
近くのコンビニで食べられるものを買ってやるか。
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