第4話 ご安全に
「それで気になってることって?」
「今日学校から四番地区で事件が多いと聞きまして、その情報がないものかと」
「ああ、あの辺ね。どうやらちょっと性質の悪いグループが入ってきたみたいでトラブルを起こしているの。今のところ大きな事件は発生していないけど学校側はその情報をもとに注意喚起したんでしょう」
「なるほど。ちなみにどういう連中なんですか?」
「壁越えを企業群に要求しているグループの一つね」
手配書を見せてもらう。
能力が判明している人物もいるようだ。
壁越えか。都市と外を隔てる巨大な壁のことを言っているのだろう。
都市の中は企業群のつくった牢獄だと風潮して回る人たちがいるのは知っている。
閉じ込められた世界ではなく、人々を壁の外に出せと要求しているのだ。
外と都市を分断するあの壁は生まれた時から見ているので、壁のない世界など想像もできないが外には何があるのだろうと思う時がある。
企業群からは適した生存環境にないという説明があるだけだ。
「要注意団体に指定されてるから、そう長くはいないと思うわ。じきに応援の部隊が来て検挙する予定よ」
「あ、そうなんですね。なら心配ないか」
支部に来てよかった。
時間が解決してくれるようだ。
妹にはそれまで寄り道などせずに帰宅するように伝えねば。
姫川や橘内にも教えておこう。
しかし検挙ということは協会の実働部隊がくるのか。
もしかしたら姫川のお父さんもくるかもしれないな。
「行っておくけど、ポイントが稼げるからって要注意団体の誰かを捕まえようなんて思っちゃダメだからね。特に君は能力が……ごめんなさい。失礼だったわね」
「いえ、事実ですから。心配してくれてありがとうございます」
三峠さんが気を使わないように、俺は気にしていませんと伝える。
善意で注意してくれたのだ。文句があるはずもない。
仕事の方はいつものパトロールとは別に、廃工場の確認というものが追加されていた。
三番地区の方で解体予定の工場があり、中にまだ危険な薬品がまだ保管されているらしく必ずその薬品を確認して欲しいとのことだった。
依頼料は仕事の割にそう悪くないように思える。
三番地区なら壁越えのグループと遭遇する事もないだろうし、簡単な確認だけでいいということなので引き受けることにした。
「助かるわ。こういう地味な依頼ってあんまり受けてくれる人がいないのよね」
協会に登録する人は俺のようにお金を稼ぐというよりは能力を使って実績を積みたいという人の方が多い。
もし活躍すれば企業群から直接スカウトがくるかもしれないからだ。
そうなれば一生安泰といってもいいだろう。
周囲に自慢もできる。というわけで実入りは良いが名は上がらないパトロールなどは不人気な仕事となる。
だからか、三峠さんには重宝されていた。優良扱いなのもそれが理由だ。
三峠さんは溜まった依頼を消化できる。俺はお金が稼げる。
お互いが得をするいい関係だと思う。
資料を端末に送ってくれた。家に帰ったら確認しておこう。
「これでよし、と。それじゃあお願い。一週間以内に行ってくれればいいから」
「分かりました。週末に行ってきますね」
給料が入り、新しい仕事をゲットしたので妹にお土産として好物のケーキを買って帰ることにした。
きっと喜ぶだろう。
三峠さんに教えてもらったことを妹に伝えると、また協会に行ったんですねとジト目で言われた。
しまったな。だが危険な依頼を引き受けたわけではないことを説明してケーキを差し出すと機嫌をなおしてくれた。
少し心配性な妹が可愛い。
休日になり、早速準備を整える。
妹に何と言って出かけようか悩んだが、用事があると言って朝早くから出ていた。
女友達とショッピングするらしいので問題ないだろう。
恥をかかないように、お小遣いを渡すと少し悩んだそぶりを見せた後にありがとう、と言ってくれた。
これだけで頑張れる。
炊飯器を開けておにぎりをつくる。昼飯はこれで済ませば安く上がる。
最後に水筒に麦茶を入れて、目的地の廃工場へと出発した。
電車に揺られて区画を移動する。
休日だが電車の乗客はそれほど多くはない。
……ここから目的地までは行楽地や遊ぶ場所がないから人気がないのだろう。
休みだから出勤する人もいない。
電車から駅に降りたら、端末を起動させて目的地の座標を確認する。
ここから徒歩で四十分くらいか。さっさと終わらせてしまおう。
ナビを起動させて出発した。
夏が近づいて少し汗ばむ時期になってきたな。
夜のパトロールも暑さで苦しくなる。
値が張るが水冷服でも買って対策しようか。先行投資というやつだ。
そんなくだらないことを考えていたら目的の工場に到着した。
めちゃくちゃ大きい。しかも一つではなく三つの棟からなる工業地帯だった。
これを全部回るとなると一日仕事だ。報酬が良かったのはそのせいか。
もたもたしていると陽が落ちてしまう。
早速作業を始めよう。
入り口のゲートに受け取った認証パスをかざして開ける。
依頼文を確認すると工場に入るためのキーを事務所に取りに行かねばならない。
工場は巨大で立派なのに事務所は二階建てのプレハブ小屋のような場所だった。
事務所の扉の鍵を開ける。
そして扉を開けると埃が舞った。
むせつつ顔の前で手を振って埃を払う。
一歩踏み出すと薄っすら積もった埃に足跡ができる。
……誰かが俺より前に入った形跡がある。
ただ今日のことではなさそうだ。
入って奥の右手側、階段の裏に鍵を纏めて吊るしてあった。
ただ工場の鍵以外は撤去されている。
管理のために工場の鍵だけ保管してあるのだろうか。
「借りますよ」
誰もいないが、小声で呟いて三本の鍵を回収した。
作業が終わったら元に戻せばいいとのことだ。
それから箱に入っている新品のヘルメットを袋から出す。
工場内を歩く時は必ずつけて欲しいという依頼主からの要望だ。
暑いが怪我防止になるので文句はない。出した分は貰って帰ってもいいらしいので持って帰ろう。
「ご安全に!」
看板に書かれている安全標語を復唱した。
これを言うことで危険を防止する意識を育んでいたのだろう。
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