第3話 実習と協会

「恩知らずな猫にたいした能力もない落ちこぼれ。いい組み合わせだなおい」

「郡衙か。助かったけど他人に許可なく能力を使うのは」

「校則違反だってか? なら猫を下ろすくらいもたつかずにやったらどうだ?」


 ぐうの音も出ない。

 郡衙の協力がなければもっと時間がかかっていただろう。

 下手したら遅刻していたかもしれない。


「あんまり悪い目立ち方するんじゃねぇ。企業からの学校の評判が落ちるだろうが」

「それは……分かってる。ありがとう」

「お前を助けたわけじゃねぇ」


 郡衙は鼻をならすと不機嫌そうにこっちに目もくれずに学校へと向かった。

 あいつはいつもあんな感じだ。誰かから感謝されるのが気に食わないらしい。

 制服の汚れを落として俺も学校へと足を進める。

 予鈴前に校門に入ることができた。


 靴を履き替え、教室へ移動する。

 窓際の自分の席に座り、鞄を机のフックに引っ掛けた。

 机に突っ伏していた隣の席の女子生徒が起き上がる。


「おはよ。今日もギリギリだね」

「おはよう橘内。また寝てたのか」

「もちろん。睡眠は人生最高の娯楽だから。将来はずっと寝られる仕事に就くのが夢」

「そんな仕事あるとは思えないけどな」

「君は夢がないことを言うなぁ。夢を捨てたら何のために生きてるんだよ」

「おおげさ」


 雑談をしていると教師が教室に入ってくる。

 朝のホームルームが始まった。

 いつも通りたいした内容は無かったが、一点だけ気になることを言っていた。


「事件が増えてるんだってさ。怖いね」

「ああ。部活が中止になるなんてよっぽどだな」


 治安悪化を理由に下校時はなるべく複数人で帰ること。

 部活はしばらく中止だと説明を受けた。

 学校付近で暴行事件が多発しているらしい。


 部活は能力訓練も兼ねているのでそう簡単に中止にはならないのだが……もしかしたら協会から見回りの仕事が回ってくるかもしれないな。

 座学のカリキュラムを終え、午後の実技に移る。


 座学は勉強すればどうにでもなるが、実技はそうはいかない。

 問答無用で能力に応じた点数がつけられる。

 体操服に着替えて中庭で能力訓練と実戦による採点を行う。

 ちなみに橘内はかなり強力なパイロキネシスだ。

 朝俺を浮かせた郡衙はサイコキネシスで、こいつも能力が高い。

 正面から戦った場合勝率はほぼ0だ。


「お姫様の近くに人が集まってるねー」

「そうだな。いつものことだよ」


 橘内が向けた視線を追う。

 能力の訓練のため、自主トレーニングの時間になると人だかりができる。

 その中心にいるのは姫川という女子生徒で、笑顔で周りの生徒と談笑していた。

 これは毎回お馴染みの光景だ。


 クラスで最も人気があり、学級委員長も務める。

 だが人だかりができている理由はそれだけではない。

 姫川が持つ能力が人を引き寄せているのだ。

 それは能力の上昇である。


 目で見て分かるほどに能力が強化されるのだ。

 もちろん姫川の能力込みで採点されるわけではないが、強化された自分の能力を認識することで壁を超えられる場合がある。


 なにより強化された自分の能力を見るのは心地よい。

 そう言った理由から実技の時間では競うように姫川の周囲に人が集まるのだ。


「橘内は姫川の所に行かなくていいのか?」

「能力の上昇は魅力的だけど、面倒くさくてやだ。私は評価Aだし自由時間は寝てても何も言われないから睡眠に充てるよ」

「そうかい」


 羨ましいかぎりだ。

 能力とその強さは才能がものをいう。

 そして残念ながら俺は恵まれなかった側だ。


 しかし無い物ねだりをしても誰かが助けてくれるわけではない。

 自分の力でなんとかしなければならない。

 信じられる相手は家族くらいのものだ。


 俺にとっては苦痛な実技の時間が終了し、下校の時刻になる。

 橘内はさっさと帰ってしまった。

 物騒だという話だし、俺もさっさと帰ろう。


「今帰り?」


 後ろから声をかけられる。

 誰かはすぐに分かった。

 首だけ後ろを向くと鞄を持った姫川が後ろに立っている。


「一緒に帰ろうよ。一人は危ないみたいだし」

「駅までだけどな」

「いいじゃん。ちょっと話そうよ」


 姫川と俺は実は小さな頃からの知り合いで幼馴染というやつだ。

 ただ姫川の能力が注目され始めてからは疎遠になりつつある。

 それでもたまにこうして一緒に帰る日もある。


「俺じゃなくても他にも誰か居たんじゃないのか?」

「能力目当ての人と仲良く帰れないよ。同年代に媚び売られるのも嫌だし」

「そう言ってやるなよ」


 皆能力を高めるために必死なのだ。

 企業に少しでも高く売り込むためにも。

 俺は最初から諦めていたが。


 割り切ってしまえば別の道も見つかるというものだ。

 協会の仕事は実際能力に見切りをつけてから見つけた。

 とはいえ、姫川にとっては思うところがあるのも理解できる。

 たまにこうして愚痴を聞いて気分が晴れるならそれでいい。

 向かう方向が違うので姫川とは駅で別れた。


 このまま帰宅……ではなく協会の支部へと向かう。

 妹に注意喚起するためにも、仕事を探すついでに情報収集もしておきたい。

 支部に入り、受付に向かう。

 今日は混んでいないのですぐ順番がきた。


 ほぼ担当のようになっている受付のお姉さんに声をかける。

 ピシッとスーツを着こなしている大人の女性だ。

 鼻孔をくすぐる香水に少しドキドキする。


「三峠さん、お疲れ様です」

「あらカズくん、学校の帰り?」

「そうです。ちょっと気になることがあって学校が終わってそのまま来ました。あ、その前に確認お願いします」


 協会から支給されている端末を三峠さんに渡す。

 仕事の確認から給料の受け渡しまで全て端末を通して行われている。

 今三峠さんは端末のデータを見ることで、本当に任された地区のパトロールをしたのかを確認している。


「うん、問題なし。君は真面目に仕事してくれるから手続きも楽で助かるわ」

「そうですか? ありがとうございます」


 端末を受け取ると承認メールと共に仕事の給料が振り込まれていた。

 協会のこのシステムは本当に助かる。

 即金が必要な時に駆けこんで仕事を受ければなんとかなるのだ。

 三峠さんからも仕事ぶりを評価されていて、優良扱いで少しだけ給料が良い。


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