第2話 二重生活

 しばらく歩き回り、好奇心旺盛な男子生徒が大人の店に入ろうとするのを止めたり酔っ払い同士の喧嘩を仲裁したり。

 片方が火を使う能力者で危うく近くの店が火事になるところだった。


 強引に取り押さえ、水をぶっかけて解決し、店の店主から評価ポイントを貰う。

 割りには合わないが、こういう時の為に鍛えていてよかった。

 やがて人気の少なくなる深夜に協会に報告し家に戻る。


 戻る時には降りる時に使ったロープを利用して登り、ベランダに辿り着いたらロープを回収しておいた。

 ブーツの土を落とし、部屋に入る。

 出た時の状態のままだ。今日もバレてない。


 妹が寝ていることを確認し、着替えて服を洗濯し乾燥機にかける。

 これで日課は終わりだ。

 歩き回って疲れたが、不思議な充実感がある。

 この仕事のおかげで妹の学費にも目処が立ったし、学生を卒業したら正式な協会員になろうかな。


 妹には反対されるだろうが、じっくり話せばきっと分かってくれる。

 風呂に入り、身体に付いた酒のにおいを落とす。

 協会員はある意味何でも屋だ。パトロールから探し物までなんでもやる。

 トラブルがあればすぐに引っ張り回される。


 ビールの入ったケースを配達中のバイクがこけて、その後始末をしたこともある。

 あの時はにおいがとれなくて妹に不審がられてしまった。

 痕跡はちゃんと消しておかないと。

 服を仕舞うともういい時間だ。


 寝ないと明日の授業に響く。

 今となっては成績はどうでもいいが、学校を卒業しないと協会の査定に響くかもしれないからちゃんと授業を受けないと。

 大きなあくびを噛み殺し、布団に戻り込んだらすぐに泥のように眠った。


 協会の仕事をするようになって平均睡眠時間は五時間ほど。

 もう慣れた、と言いたいが眠いものは眠い。

 それでも学費を無駄にしたくない一心で重いまぶたを開いた。

 制服に着替えて身嗜みを整える。

 キッチンでは妹の七瀬が朝食の準備を整えてくれていた。


「おはよ、兄さん」

「おはよう。朝食ありがとうな」

「別に。いつものことだし」


 エプロンを付けたまま妹が椅子に座るので俺も食卓に着いた。

 焼いた食パンに目玉焼きとベーコンを乗せてマヨネーズを少しつけると即席のサンドイッチの完成だ。


「行儀が悪いですよ、兄さん」

「いいだろ別に。こうすると手早く食べれるんだ」

「せっかく用意したんだから味わってほしいんだけど?」


 ヤカンから甲高い音がする。お湯が沸いたようだ。

 妹がヤカンの取っ手を掴むとお湯をコップに注いでくれる。

 インスタントコーヒーの瓶からスプーン山盛り一杯取り出して、そのままコップに入れて混ぜた。

 かなり濃いが、これくらいじゃないと授業中に眠くなってしまう。


「またそんな濃くして……夜更かしでもしたの?」

「少しな」

「まさかまた危ない仕事でもしてるんじゃないでしょうね」


 七瀬が少し目じりを釣りあげる。

 どうやら疑っているらしい。

 一度大怪我をしてから七瀬は協会の仕事を快く思っていない。

 心配してくれるのはありがたいが、それでも止めるつもりはない。


 学生がバイト代だけで二人分の学費と生活費を賄うのはきつい。

 七瀬も働くと言ってくれたが、兄に任せておけと言っている。

 妹に苦労はさせたくないという俺の我儘だ。


「無茶なことはしてないよ」

「本当?」

「ああ、本当だ」


 そろそろ出ないとマズい時間だ。

 食パンを食べて、苦いコーヒーで流し込む。


「それじゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい。私も出ないと」


 エプロンを外す七瀬を尻目に家を出る。

 マンションの階段を下りて振り返りながら駅へと向かった。

 また住人が減っている。辺鄙な場所のせいだ。

 不便な僻地より便利な都会。


 都市のリソースは有限で、人の集まるところに開発が集中する。

 新しい都市開発計画が立ち上がらない限り、こんな何もない場所に人が集まることはない。

 その代わりに家賃が安くて助かっている。

 親の居ない学生二人を追い出したりもしないし、少し不便ながらも結構気に入っている。


 スーパーも近いし。

 電車に間に合い、学校のある都市部へと移動した。

 駅を通過する度にみるみるうちに電車に学生が増え始める。

 目的の駅に到着し、人の波に押し出されるようにして電車から降りた。

 人混みは息が詰まって苦手だ。


 都会の中心部ではこれよりひどいらしい。とてもじゃないが行きたくないな。

 学校へと向かう。電車に間に合いさえすれば徒歩でも始業時間には間に合うのでゆっくりと進む。

 道路脇の土にはなぜか桜が植えられており、もうそろそろ咲く時期だ。

 歩いていると少女が木の上を見上げて困っているのを見つけた。

 気になって声をかける。


「どうかした?」

「あの子が降りられないみたい」


 少女が指さす方を見ると、猫が木の上で縮こまっている姿が見えた。

 降りたがっているが、下を見る度に怯んでいる。

 登ったはいいが降りれなくなってしまったんだろう。


「君の猫?」

「んーん、違う。野良だと思う」

「なら君は学校に行きなさい。遅刻しちゃうよ」

「でも……」

「後は俺がなんとかするから、ほら」


 名残惜しそうに猫を見ていた少女は、一度頭を下げて学校へと向かっていった。

 これでいい。

 鞄を置いて腕まくりをする。

 木はそれなりに太い。


 登っても大丈夫そうだ。

 勢いをつけて走り、思いっきりジャンプして幹に手をかける。

 腕に力を入れてよじ登ると、もう少しで猫のところに手が届きそうだ。


「いい子だ、こっちにこい」


 身体を固定してそっと手を出して猫を呼ぶ。

 だが猫は俺を警戒しているのか伏せたまま近寄ってこない。

 仕方なくゆっくりと距離を詰める。


 あと少しで手が届くところで、突然身体が浮遊する感覚に襲われた。

 俺だけじゃない、猫も宙に浮かんでいる。

 これはまさか……。

 桜の木から離され、ある程度地面に近づいた時点で身体が自由になり重力で落下する。


 なんとか受け身をとったが、強い衝撃を受けてむせる。

 猫の方を見るとさすがというべきか奇麗な着地をしていた。

 そしてそのままあっという間にどこかへ行ってしまう。

 猫を横目に、俺に能力を使って宙に浮かせていた同じ学校の生徒が呆れた顔をしていた。


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