都市の檻
HATI
第1話 夜のパトロール
夜の帳が落ちる。
街そのものが眠りについたかのような静けさの中で、俺は自分の部屋で着替えをしていた。
部屋着を脱いで畳み、本格的な登山にも使用されている分厚いズボンに、特注の丈夫な繊維の上着。
その上に防刃チョッキを着こむ。
バイト代と協会の依頼で稼いだ金をつぎ込んだだけあって質が良い。
市販のナイフなら貫けないだろう。
それから皮の手袋をギュッと引っ張って両手に着けた。
刃物も素手で掴める代物だ。
分厚いせいでごわごわして動かしにくいものの、これならワイヤーを触っても手にケガをすることはない。
誰かを殴って拳を痛めることもだ。
仕上げにブーツに足を入れて紐を固く結ぶ。
鉄板が入っているので固く重い。
これでようやく準備はできた。
布団に枕を入れて厚みを作り、電気を消す。
それから妹に気付かれないようにそっとベランダに出て戸を閉める。
妹はこの活動に賛同していない。
なので妹見つかると少し面倒だ。しかしこうやってバレないようにするのにももう慣れた。
四階から地上まではやや距離がある。
ロープを付けた鉤爪をベランダのフェンスの根元に引っ掛け、そのままフェンスを飛び越えた。
一歩間違えば大怪我だが、一度落ちて以降はそんなヘマはしていない。
ロープを掴み、両手に力を入れて勢いを殺して位置を固定する。
それからゆっくりと降りていく。
無事着地できた。
訳あってこのマンションは住人も少なく、周囲の人目もないのでこの姿を見られる心配はない。
もし見られたらいくらなんでも怪しすぎて通報されてしまう。
そのまま駅へと向かい、電車で目的地へと移動する。
自転車で現地へ移動していた時期があったが、盗まれてからは電車にした。
盗まれるなら金の無駄だ……。
電車から見える風景がまるでゴーストタウンのような街並みから、あっという間に賑やかな繁華街に変わっていった。
眠らぬ街と呼ぶにふさわしい場所だ。
ここでは遊ぶ場所には困らないが、俺は遊ぶために来たわけではない。
協会からの依頼で夜のパトロールを行うためだ。
目的は夜になっても繁華街にいる未成年、特に学生の補導である。
俺も学生なのだが、協会に登録してあるのでそこは問題ない。
企業群が共同で設立した協会がこの巨大な都市のルールなのだ。
ここでは法律など模範を示すものでしかない。
早速繁華街に足を踏み入れ、見回りをする。
駅周辺はゲームセンターやカラオケ、飲食店が多く、この辺はまだ補導対象のエリアじゃない。
奥に進むと繁華街の中心に出る。
ビルに設置された巨大なモニターではうるさいほどの音量で広告が流れ、女性が接客し酒を飲む店や、何を売っているのか分からないいかがわしい店がある。
更に進むとそこはドロップアウトした能力者がたむろするエリアだ。
学生が興味本位で足を踏み入れるにはとても危険な場所といえる。
そうなる前に声をかけて帰宅を促すのが俺の仕事だ。
協会の仕事の中では他に比べて地味で実入りも悪いが、登録していれば誰でも申請できる。
俺のように例え能力に問題があったとしても、だ。
だからか手を抜くやつもいる。
この仕事を始めてからは家計も安定したし、感謝している。
なので俺は真面目に取り組んでいた。
特に何もなくただパトロールしただけで終わる日もある。
刺激のない時間は退屈だが、トラブルがないのはいいことだ。
「夜回りせんせーじゃん。こんばんはー」
「リカ、俺は先生じゃないって言っただろ。というか同い年だ」
「あはは、その言い方が先生っぽいんだって」
顔見知りのリカという少女と出会った。
かなり良いところのお嬢様学校の生徒らしく、着崩した学生服を着ており、ピンクブロンドに染めた髪をリボンで縛って左手にハンバーガー、右手にストローを指した紙コップを持っている。
この子は会うたびに何か食べてるな。
リカはこの街ではそれなりに有名人だ。
彼女と友達だという人間は多い。
仕事を始めてから少しして顔見知りになり、それ以降は会うたびに会話する仲になった。
夜回り先生というあだ名をつけられてからかわれているだけな気もする。
どうやら彼女は学校が終わったら家に帰らず繁華街を深夜までぶらついているようだ。
事情があって家にはなるべく遅く帰りたいらしい。毎日朝帰りしていると聞いた。
睡眠は学校でとっているとか。そこまでは俺の責任じゃないので気にしていない。
学生を補導するといってもこれはトラブル回避のためのものだ。
ちゃんとそれを分かっているなら問題ない。
なのでリカには最初以降は注意らしい注意はしていない。
だがそれはそれとして念押しだけはしている。
リカは非常に可愛いので治安が悪い所に行くと襲われる可能性があるからだ。
「それでリカ、分かってると思うが」
「はいはい。奥には行きませんよ。そんなに他人を心配して疲れないの?」
「それが仕事だから」
「あっは!」
リカは思いっきり笑った。心底面白いという様子で。
だがバカにしたような感じはなく、本当に面白いものを見たような顔をしている。
何がそんなに面白いのだろうか。ただ事実を言っただけなのに。
「だから先生なんだってば。同い年とかほんとあり得ない。先生と同じ学校が良かったなぁ。絶対面白いって」
「そう言われてもな。何が面白いのか俺にはサッパリだ。それに俺の学力と、何より能力のことを知ってるだろ」
「あーね。能力で人の良し悪しなんて決まらないのに、つまらない仕組みだと思うよ」
リカのようなタイプの女子はあまり相手にしたことがなく、どう接したらいいかいまいち分からない。
ただ悪い子ではないのは間違いないと思う。
以前性質が悪い相手と乱闘騒ぎになった時に助けてくれたことがある。
他にも妹のことでたまに相談にのって貰ったりしている。
「それじゃゲーセン行ってくるから。先生、今度は何か奢ってよ」
「ハンバーガーぐらいならこの前の礼で奢るよ」
「約束だからねー」
リカはこっちに手を振りながら人混みの中に消えていった。
彼女の声が騒がしかったせいか、喧騒が絶えない街にもかかわらず静かになったような気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます