変城王2

「変城王、今日はどうした?」


 閻魔が聞くと、変城王は赤い髪をいじりながら答えた。


「いやなに、亡者の逃亡未遂事件が起きたって聞いてな。亡者の審理に関わる仲間として、何か出来る事はねえか聞きに来たのよ」

「それは有難い。しかし、そちらも仕事があるだろう。もう少しこちらで亡者を唆した者を探して、それでも進展が無かったら変城庁に助けを乞う事にするよ」

「そうかい。まあ、気が変わったらいつでも言っとくれ。助けになろうじゃないか」

「承知した」


 話が途切れた所で、紺色の着物の男が口を開いた。


「しかし、逃亡未遂事件を起こすなど、管理がなっていないのでは? 閻魔様はその座を降りた方がよろしいかと」


 それに反発したのは菖蒲だ。


「閻魔様は、紅蘭様と遜色なく閻魔庁や地獄の管理をなさっております。逃亡未遂事件をもって閻魔様の実力不足と判断するのはやめて頂きたい」


 険しい顔をする菖蒲を閻魔が制する。


「まあ、そういきり立つな、菖蒲」


 そして、閻魔は紺色の着物の男の方を向いて言った。


常吉つねよし殿。あなたが心配するお気持ちも分かります。しかし、私も紅蘭様から閻魔の座を譲り受けた身。責任を果たしたいと思いますゆえ、今しばらく見守って頂きたい」

「……承知致しました」


 常吉と呼ばれた男は、それ以上何も言わなかった。


「じゃあな、閻魔大王。今度一緒に酒でも飲もう」


 そう言って、変城王は常吉を連れてその場を後にした。



「……あの、柿色の着物の方が変城王というのは理解できましたけど、常吉様とおっしゃるあの方は……?」


 珠美が聞くと、菖蒲が溜息を吐いた後答えた。


「あの方は大森おおもり常吉様。日本史で言う戦国時代を生きた方で、現在は変城王の補佐官をしておられます」

「そうなんですか……。あの、大森様は閻魔様に敵意を抱いているような気がするんですけど、何か理由があるんでしょうか」

「ああ、大森様は変城王に心酔していますからね……」


 事の始まりは、江戸時代の終わり頃。当時閻魔だった紅蘭が引退すると言い出し、後任を決める事になった。

 その際後任に立候補したのが、閻魔の見習いをしていた望月秀行と、当時阿鼻あび地獄の獄卒のリーダーだった春羽しゅんう

 結局紅蘭は後任として秀行を選び、春羽は数年後変城王となった。

 春羽は紅蘭の決定をすんなりと受け入れたが、当時から春羽に心酔していた常吉は春羽を出し抜いた秀行を苦々しく思っており、未だに秀行を閻魔と認めていない。


「はあ……そういう事情が……」

「ええ。……珠美様は、閻魔様の補佐官です。もしかしたら、珠美様も大森様に嫌味の一つでも言われるかもしれませんね」

「ええ……」


 珠美は、顔をひきつらせた。

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