1-3 天音アムレアは死んでいる
「それは?」
西園寺がモニターに視線を向ける。
「当時のニュースだ。
「ああ……」
西園寺は身を乗り出して、そのニュース記事に目を通す。
当時、西園寺も似たような記事を読んだことがある。それを思い出していた。そして、関連する記憶が西園寺の脳内に様々に蘇ってきた。それは西園寺の心を不安に乱すものだった。
***
元「天音アムレア」、自宅で自殺──元カルト教団リーダー、
かつてカルト団体「サルベイション」において「救済の女神」と称され、多くの信者から崇拝を受けていた佐藤裕子さん(31歳)が、自宅で自ら命を絶ったことが関係者の話から明らかになった。
佐藤さんは「天音アムレア」の名でサルベイションの中心人物として活動し、「罪の浄化」や「救済」を掲げ、多くの支持者を得ていた。しかし、暴行事件や不審死が相次いで報道されたことをきっかけに、佐藤さんは「救済の女神」としての地位から一転、批判や非難の的となった。その騒動の中、約一年前にサルベイションは解散した。
教団解散後、佐藤さんは精神的負担から療養を余儀なくされ、自宅で静かな生活を送っていたとされている。近隣住民や関係者によると、彼女は一時的に体調の回復を見せていたものの、「心の傷は深かった」とのこと。
一部では、サルベイション信者との接触や過去の活動に関する悩みが、彼女の精神状態に影響を及ぼしていたのではないかとの見方もある。警察は自殺と断定しつつも、佐藤さんの生活状況について更なる調査を進める意向。
***
西園寺の隣で真直も、もう何度も読んだニュース記事をまた目で追っていた。真直は天音アムレアが死んだときの衝撃を覚えている。覚えているつもりだった。それでも最近は、忘れかけていたのかもしれない。こうしてサルベイションが復活してその記憶が掘り起こされたのは、まるで「忘れるな」と責められているようだった。
西園寺がゆっくりと姿勢を戻して真直を見る。真直も西園寺を振り向いた。
「なあ、おっさん……天音アムレアは確かに、死んでるんだよな?」
「確かだ。俺は当時取材にも行ったよ、追い返されたけどな」
西園寺は深く溜息をつくと、いつもの癖で胸ポケットを探った。そこから煙草を一本出して咥えると、真直が顔をしかめた。
「おっさん、俺の部屋は禁煙なんだけど」
「ああ、悪い。つい癖で」
西園寺は慌てて煙草を胸ポケットに戻す。それで真直は、ふっと力を抜いた。ふたりの間にあった緊張した空気が緩む。
真直は小さく息を吐き出すと、改めてパンフレットを手にとってそれを眺める。天音アムレア以外にも、サルベイションに関する情報がいろいろと載っていた。
サルベイちゃんというマスコットキャラクターもいるらしい。性別不詳で、男の子とも女の子ともとれる顔立ちと体つき。救済の星をモチーフにした白い衣装はふわふわとした半ズボン。四頭身くらいのデフォルメされた可愛らしい立ち姿。このマスコットは十年前には存在しなかった。
文章を見る限り、救済についてや罪の告白についての教義は十年前とさほど変わらないように見えた。救済の女神に罪の告白をすることで、それは浄化され救済への道へ至る。罪というのは誰でも犯すもので、心の中の負の感情──例えば後悔だとか怠惰だとかも含まれるらしいが、だからこそ救済が必要なのだ、と書かれている。
それから興味深いのは、信者になると専用のチャットルームが開設され、そのチャットルームで誰でも天音アムレアと会話できるらしい。確かにそれなら対面よりもずっとたくさんの信者と話せるだろう。物理的な距離を無視できるのも利点だ。
さらには、予約制で天音アムレアと一対一でビデオチャットまでできるのだと書いてある。教団の活動内容も現代の技術に合わせてアップデートされているようだ。あの、集まって対面で行う救済の儀式は、今もやっているのだろうか。
裏面には公式ウェブサイトのURLと公式SNSのアカウント名が記載されていた。並んで記載されているのは動画共有サイトのチャンネル名だ。動画も配信しているのが今時だな、と真直は思う。
真直はパンフレットを西園寺に差し出して、天音アムレアの写真を見せるようにした。
「俺は……納得いかないんだ。天音アムレアは確かに死んでいる。なら、この天音アムレアは誰だ? いったいどういうことなんだ?」
西園寺は「そうだな」と呟いた。
天音アムレアは確かに死んだはずだった。では、今こうしてパンフレットに載っている天音アムレアは何なのか。いったい誰がサルベイションを復活させたのか。
西園寺はそれ以上何も言わず、黙ってパンフレットの天音アムレアを見ている。真直は顔をあげた。
「もう少し調べてみる」
真直は傍のモニターに向き合った。キーボードを操作して、ウェブブラウザーでサルベイションの公式ウェブサイトのURLを入力した。
「待て、お前が関わる必要はないだろう、危険かもしれない」
西園寺が真直を制止するが、真直はちらりと視線をやっただけだった。
「いや、俺がやらなくちゃいけないんだ、これは」
真直の言葉には思いがけず強い調子で、西園寺は口をつぐんでしまう。それでも視線は不安そうに真直を見つめたままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます