1-2 救済の女神
「十年前に解散したカルト教団だろう」
サルベイション──「救済」を謳ったカルト教団だった。中心人物は「救済の女神」と呼ばれていた
天音アムレアが大変な美人で、彼女が謳う「罪の浄化」や「救済」は非常に説得力があり魅力的だったらしい。天音アムレアに心酔する者を中心に信者を増やしていた。天音アムレアの微笑みは、まるで相手の心を見透かすようだったという。天音アムレアと直接対面してその黒く深い瞳で見つめられると、自らの心の内を告白せざるを得なくなる。
そして救済の儀式というのが、天音アムレアに対して直接己の罪を告白するというものだった。天音アムレアは時には信者の前に跪き、目線を同じくして救済の言葉を与える。中にはその儀式で感激して泣くほどの信者もいたらしい。美しい女神に救われたと思う信者はどんどん心酔していった。
天音アムレアは「真の救済を与えられる唯一の存在」として、信者たちから崇拝されていた。信者たちひとりひとりに「わたしはあなたの罪を理解しています」「あなたを救えるのはわたしだけ」と語りかけ、信者の心の闇を吸い上げてゆく。そうして、美しく微笑んで信者と対話することで、天音アムレアなしでは救済には至れないのだ、と思わせていった。信者は皆、天音アムレアに依存していた。
そこまで盛り上がっていたサルベイションが解散した原因は、信者によるリンチ動画の流出だった。確かにサルベイションの施設とわかる場所で、サルベイション信者によって誰かがひどい暴行を受けているショッキングな動画は、瞬く間に広がった。
動画には天音アムレア自体は映っていなかったため、教団側はあくまで天音アムレアとは無関係で一部の信者が行きすぎた行為を行っただけだ、と声明を出した。けれどそんなことではバッシングは止まなかった。
実際にサルベイションの周囲で不審死が発生していたせいもある。その不審死が、信者によるリンチによるものではないかと疑われ、一層バッシングは激しくなった。
天音アムレアの一言で、信者は人殺しすらする。そんな嘘か本当かわからない噂も出回った。天音アムレアが美人だっただけに、その異性関連も興味の的になった。複数の教団幹部と肉体関係がある、そうやって信者を繋ぎ止めている──その辺りになると、誰ももう真偽など気にしていなかった。
サルベイションに関する何もかもが、面白い
そんな騒動の中、サルベイションは解散した。
「サルベイションは解散します。関係者は私も含め、みんなただの一般人になりました。ですからもう、報道は止めてください」
天音アムレアが報道陣の前で最後に残した言葉は、救済の女神としてではなくただの佐藤裕子としての気持ちだったのだろう。そうして救済の女神である天音アムレアは心を病んで療養することとなった。天音アムレアもただの人だったのだ、と冷めた信者もいたらしい。
「そのサルベイションが、最近復活したらしいんだ。これがポストに投函されてた。この辺り一帯に配ってまわってたみたいだな」
真直は言いながら、三つ折りにされた紙を取り出す。無造作な動作に見えたが、視線は鋭く西園寺の表情を見ていた。
やや光沢のある厚手のその紙には、大きく「
「これは……」
「新しいサルベイションのパンフレットだ」
真直が差し出すそれを、西園寺は訝しげに受け取る。今時っぽさを感じる、垢抜けたデザインだった。
「なんでも、サルベイション自体が『過去の罪』を認め告白し、浄化されたんだとよ」
「『過去の罪』……」
「つまり、リンチ事件のことをそう呼んでいるんだろ。過去の信者の生き残りがやっているんだろうが……中を開いてくれ。俺が気になってるのはその中身なんだ」
言われた通り、西園寺は三つ折りのパンフレットを開いた。そこに印刷されていたのは、天音アムレアの姿だった。女神を思わせる白いドレスをまとって、両手を組んで微笑んでいる。西園寺は恐る恐るといった緩慢さで顔をあげる。
「あの天音アムレアが、新しいサルベイションの中心人物だとよ」
「まさか!」
驚きのせいで、西園寺の反応は大きくなっていた。真直は暗く沈んだ瞳で頷く。
「そう、天音アムレアが教団を再建できるはずがないんだ」
「そのはずだ。天音アムレアはもう……」
西園寺はまたパンフレットを見る。天音アムレアは美しい女性だった。十年前も美しかったが、新しいパンフレットでもその美しさは微塵も衰えていない。撮影技術や加工技術、印刷技術の向上で、神々しさはむしろ増したかもしれない。まるでアルフォンス・ミュシャの絵画のように完璧な立ち姿で、黒い髪は艶やかに輝き、黒い瞳は底知れぬ深さを持っていた。
でも、天音アムレアがこんなふうに活動しているはずがない。それを真直も西園寺も知っていた。なぜなら──。
「天音アムレアは、もう死んでる……」
それを言ったのは、真直と西園寺のどっちだっただろうか。あるいは、どちらも何も言わなかったのかもしれない。それは自明のことだったからだ。
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