救済の女神はいない 〜引き籠もりハッカー霧山真直の日常〜

くれは

第一章 サルベイション

1-1 サルベイション

 霧山きりやま真直ますぐの部屋は北向きの角部屋だ。角部屋だから窓は二方向にある。というのに、それらの窓は両方とも分厚い遮光カーテンで覆われている。部屋の照明はじゅうぶん明るいが外からの光が入らないせいで、西園寺さいおんじまもるはこの部屋にくるといつも時間感覚が狂うような気がする。

 こんな部屋に一日中籠ってよく生活していられるものだ、と西園寺は思うが、真直からしたら余計なお世話だろう。

 真直は量販店で適当に買ったTシャツ姿で西園寺を迎え入れると、ペットボトルやスナック菓子がごちゃっと置かれたテーブルから馬鹿みたいにごついヘッドホンを取り上げて首にかけた。この引き籠もりの青年は、このヘッドホンを身につけないと人とまともに会話もできないのだ。西園寺との付き合いもそこそこになってきた今でも、それは変わらない。

 未だに警戒されているようで、西園寺としては少し寂しくもある。とはいえ、自分の巣であるこの部屋に入らせてくれているのだから、真直としては最大限に心を許しているのかもしれない。その心の内は読めない。西園寺から見て真直は一回り以上、なんなら二回り近くも年下の不思議な青年だった。

「その辺、適当に座って」

 真直はそう言って、自分は部屋の奥にある座椅子に座った。真直のすぐ傍には大小様々なモニターが幾つか置かれていた。そして大きなラックには何台ものタワー型PC本体。それ以外にも様々なタブレットなどの端末、西園寺からは用途もわからないようなガジェットが置かれている。

 西園寺はごちゃっとしたテーブルの傍、フローリングの床に直接あぐらをかく。床は掃除されているのか埃っぽくはない。テーブルの上は雑然としているが、床は案外物が置かれていない。すっきりしている。綺麗にしているのだな、と思う西園寺の視界を丸いロボット掃除機が横切っていった。つまり、真直はロボット掃除機のために床に物を置かないようにしているらしかった。

 テーブルから視線をあげれば、そこにはフィギュアやプラモデルが並んだ棚があった。真直はロボットアニメや特撮が好きらしい。様々なデザインのロボット──それも、人が乗り込んで戦うような人型のロボットが並んでいる。西園寺はその辺りの知識は少ないが、それでもこうやって眺めていると、世の中には様々なデザインのロボットがあるのだな、と感心する。

「悪い、食いながらで良いか? 今起きたばかりなんだ」

「好きに食べてくれ。たいした話はないんだ」

「すぐ食い終わるから」

 真直は近くにあった段ボール箱から、菓子パンのようなものを出した。テーブルの上の炭酸水を一口飲むと、パンの袋を開けて食べ始める。なんでもそのパンは「完全栄養パン」と呼ばれるものなのだという。これ一つで体に必要な栄養が採れるのだとか。

 以前に西園寺が「うまいのか?」と聞いたら「まあまあ」と返ってきた。まとめ買いして置いておけて、一つ食べると満足できるから便利なのだそうだ。合理的と言えば合理的なのだろう。

 真直は寝起きでぼんやりしているのか、無言でパンを口に詰め込んでいる。その間、西園寺は見るともなしに部屋の中を眺めていた。単身者向けの部屋だ。小さなキッチンはあるが、油汚れはない。自炊はあまりしないらしい。水回りにマグカップだとかちょっとした食器が置かれているくらいだ。

 けれど冷蔵庫は小さくない。冷凍庫が大きめのタイプだから、冷凍食品なんかが詰まっているのかもしれない。電子レンジはよく使われているようだった。

 冷蔵庫の脇には、今も飲んでいる炭酸水が入った段ボール箱が置かれていた。いつも同じブランドの強炭酸水を飲んでいる。好きなのだろうか、と西園寺は思うが、この青年の考え方は西園寺とはだいぶ違う。普通の好き嫌いで判断して良いものだろうか。どちらかと言えば、これもまたなんらかの合理性の結果なのかもしれない。

 真直は左手につけたスマートウォッチの表示を見ると「まだ水分足りないか」と言って炭酸水を飲んだ。心拍数だとか体内の水分量だとかまで面倒を見てくれるものらしい。西園寺にはその詳細はわからないが。

「で、西園寺のおっさん、今日は何の用? リアルで会う必要があったんだろうな?」

 完全栄養パンを食べ終えた真直が、炭酸水を一口飲むと西園寺に向かった。しゅわしゅわと炭酸水の発泡の音が部屋に響く。さっきまでぼんやりしていた目つきは鋭い。すっかり目が覚めたらしい。

「特に用事はないよ。お前は放っておくと部屋で行き倒れてそうだから、様子を見にきただけだ。生きてて安心したよ」

「は。ご心配どうも」

 真直は西園寺の言葉に、ありがたくなさそうに溜息をついた。それからふと、視線をあげた。

「そういや、俺の方はちょっと聞きたいことがあったんだ」

「なんだ?」

 真直はためらうように視線を伏せた。西園寺は眉を寄せる。

「何か言いにくいことか?」

「ああ、いや、そういうわけじゃ……」

 西園寺の疑問を否定しながらも、真直の表情はどこか不安そうだった。それでも何か決意したらしい、鋭い目付きで西園寺を見る。

「おっさん、あんた『サルベイション』って知ってるか?」

 真直の言葉に、西園寺は固まった。驚きに強張った顔で真直を見つめる。

「知ってるんだな?」

「あ、ああ……」

 西園寺は戸惑いの表情を浮かべたまま頷いた。なんと言うか迷うように唇を震わせ、出てきたのは一言だけ。

「少し、な」

 どう見ても少しという雰囲気ではなかったのだけれど、真直は目を細めただけで何も言わなかった。



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