第4話「独りご飯じゃないから、思いやる」

(いくら欲しかったなー……)


 灰汁を取りながら、仕上げに使ういくらのことを想う。

 見た目を華やかにする力を持つ、鮮やかな色を放ついくら。

 真冬になれば生筋子をスーパーで買ってきて、いくらの醤油漬けを作るのが保苅家。

 それを、これから出来上がる料理に仕上げとして乗せるのが保苅家だけど、鮭のシーズンでもない時期に生筋子が手に入るわけがない。

 そして、料理初心者の私にいくらの醤油漬けを作る技術もない。


(自分で言ってて、情けない……)


 家に帰れば、母が待っている。

 朝になれば、朝ご飯を用意してくれる。

 昼には、お弁当を用意してくれる。

 夜になれば、お夕飯を用意してくれる。

 プロの料理人でもないのに、お母さんは家族の食事を何十年も支えてきてくれた。

 それがどんなに凄いことだったのかってことを、初めての一人暮らしで学んでいく。


(ここは我慢……)


 きっと、料理の仕上げにいくらを使わない家庭もある。

 私の家だって、これから仕上がる料理に必ずいくらを乗っけるわけではない。

 いくらを乗せてくれる機会なんて、お正月に祖母の家を訪れたときくらい。


(色合いが心配……)


 これから私が作る料理は、お弁当に詰め込んだ煮物と同じで色味が宜しくない。

 にんじんと絹さや、塩鮭が救世主となれるかどうかが非常に心配。


(料理は見た目からって言うもんね……)


 自分が口にするだけなら、こんなにも色味を気にしなくてもいい。でも、神さまが口にする食べ物を作ると考えるだけで、見た目の重要性にとても気を遣う。


(誰かのために作るって、凄く難しくて、凄く大変なこと)


 嘆きの言葉を溢しそうになっているのが、自分でも分かる。でも、こんなところで落ち込んではいられない。

 私が料理から逃げ出してしまえば、自然と神さまの輪には入らなくて済むようになる。神さまとの会話も強制終了になってしまうって気づいていて、それを嫌だって思うのなら挑むしかない。


(絹さや、軽く茹でておかないと……)


 三品目の準備に取りかかろうとするけれど、気合を入れたはずの調理の手が止まってしまう。


(新潟の郷土料理を集めると、なんていうか塩分が……)


 郷土料理で神さまをもてなすってアイディア自体は良かった気もするけど、塩分摂取量がとんでもないことになりそうなことに気づく。


(そっか、ご飯を白ご飯にすれば良かったんだ……)


 醤油おこわの美味しさを伝えたくて、一気に新潟の郷土料理を集結させてしまったことを反省する。


(今日できなかったことは、次回に活かさないと……)


 次があるかは、分からないけれど。


(明るい未来を考えるのも、いいかもしれない)


 珍しく希望ある明日を考えることができているのは、私の世界が少しずつ変わっている証拠。

 そう言い聞かせながら、私は最後の品へと取りかかる。


「雫たちも、ま~ぜてっ!」

「本日も、おじゃまいたします」

「え、え……」


 声が与える印象通り、雫さまと澪さまは子どもの姿で私たちの前へと姿を見せた。


「おどろいた? 食事をするときは、人の姿になるの」

「お箸を、ちゃんと使えるようにならなければいけないんです」


 可愛らしくもあって、威厳も兼ね備えていた、もふもふは一旦お別れ。

 でも、初めて会う彼女たちは、私に『あたたかさ』を与えてくれる。

 どんな姿をしていても、雫さまは雫さま。澪さまは澪さまだってことを、彼女たちの体温が私に伝えてくれる。


「早く、食べよっ」


 これからの食事を楽しみにしているかのように、雫さまが体を動かすたびに一つ結びが元気に揺れ動く。

 髪を二つに分けたツインテールの澪さまは、私が用意した新潟の郷土料理に夢中になってくれている。

 瞳が輝くわけがないなんのに、二体の瞳はきらきらと光り輝いて見える。

 神さまの瞳があまりに美しく見えて、出来立てのご飯に手をつけることすら忘れてしまいそうだった。

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