第2話「もふもふ神さまとジェラート屋さん」

「おすすめのお店、紹介しますね」


 見上げた空の色は灰色で、なんだか彼女たちには相応しくない色をしているなって思った。


「雫さまと澪さまは、ここのジェラート屋さんは来たことがありますか?」


 ジェラート屋さんは私の高校時代と変わらず、高校生や大学生で賑わっている。

 近くには水族館があることもあって、平日でありながらも観光客らしい姿も見える。

 来店している客に変化はあっても、客層に変化がないことは私に安心感をもたらす。


「お店の食べ物を食べるの、はじめてだねっ」

「心が、すごくどきどきしています」


 天気予報で雨が降る予定はないらしいと知ってはいるけど、厚い雲に覆われた空を見ていると気持ちが重たくなってくる。

 でも、私の視界には眩しさってものが残っている。

 目の前にいる二体の獣は、決して空の色が暗いからって悲観的になったりしない。


「牛乳とプラムのダブルにしてみました」


 搾りたての牛乳がベースになっているって聞いたことがあって、しぼりたて牛乳ってメニューは高校時代から変わらぬ定番。


「プラムって、くだもの?」

「どんな味がするのでしょうか」


 雫さまと澪さまを犬と称していいのかは分からないけど、私に覆いかぶさるように寄り添ってくれるおかげで心がぽかぽかと温まってくる。

 雫さまと澪さまの柔らかな毛並みに包まれながら、私は二体にジェラートを渡すためにスプーンを差し込む。


「いただきます」


 いただきますの声が、重なる。

 周囲から存在を認識されないはずの神さまたちだけど、紙製のカップに盛りつけられたジェラートは雫さまと澪さまの口の中へと運ぶ。


「つめた~い」


 犬? かどうかは分からないけど、犬のような見た目の雫さまの口角が自然と上がっていく。


(料理のプロが、神さまたちの食事を担当してもいいはずなのに……)


 神さまは食のプロを選ばずに、私のようなごく平凡な大学生活を送る私を選んだ。


「神さまは、人間に親しみを持ちたいのかもしれませんね」


 人は巡り合って、私たちは一つの関係を築いていく。

 人と神さまを同じに考えてはいけないかもしれないけど、神さまだって神になる前に関係を築くことの大切さを知りたいのかもしれない。


「雫もね、人間さんと、いっぱいお話したかったの!」

「澪もですよ! 澪も、人間さんと言葉を交わしてみたかったです!」

「私も、同じことを思っていました」


 二体は人間ではないけれど、言葉を交わすことの大切さを教えてもらう。


(誰もが幸せになりたいから、神様に手を伸ばす……)


 周囲の人たちからは存在を認識されない二体の温度を感じるために、指を伸ばす。

 すると、雫さまも澪さまも、柔らかい笑みを浮かべて私と視線を交えてくれた。


「音ちゃんが、神さまの輪の中に加わってくれたからね」

「私たちの世界は、大きく変わることができました」


 おかげで私の心は彼女たちの優しさで満たされていって、ちょっとした強さのようなものを手に入れることができたような気がしてしまう。


「世界が変わらなかったら、世界は同じ景色しか見せなくなっちゃいますからね」

「音ちゃん、きれいな言葉使うね」

「どこかの誰かが考えた言葉を、おぼろげに覚えているだけです」

「どこかで聞いたことがあるってところが、すてきなけいけんだと思います」


 こんなタイミングで、一人と二体は揃って笑った。

 二体の真っ白な獣を、ジェラート屋さんを訪れている人たちは視ることができない。でも、私は、確かな体温あるものに包まれている。


(こんなに賑やかなの、久しぶりかも)


 私は、神さまに守られている。

 そう実感できるくらい、雫さまと澪さまから伝わってくる体温がとてもあたたかい。


(雫さまと澪さまみたいに、もっと勇気を出せたら……私の世界は変わってたかな)


 雨は降ってこないけれど、空は今も灰色の姿を見せる。


(でも、私は、勇気を出すことができなかった)


 彼女たちと出会った日の、あの青には、もう二度と会えないのかなって思ってしまうくらい、空が暗い。

 それだけ憂鬱な思考へと誘う曇り空に、なるべく口角を上げた綺麗な笑みを見せつけてみる。


「新潟県民って、宣伝やPRが下手だと言われることがあるんです」


 雫さまがいて、澪がいて、みんなで作り上げている空気が好き。

 そんな自信が湧き上がってくるのを感じると、私の中に新しい夢が生まれる。


「にーがたってなぁに?」

「私が産まれて、私が育った場所を、新潟って言います」


 未来の神様候補には都道府県っていう概念がないのなら、なおさら私は神さまに新潟とのご縁を提供したいと思った。


「雫さまと澪さまが、新潟を訪れてくれたのは何かの縁だと思うので」


 私という人間を、記憶を残すための努力を始めてみよう。

 誰かに言われたからじゃなくて、自分の意志で知ってもらうための努力を始めてみたい。


「新潟のこと、少しだけ知ってほしいと思います」


 雫さまと澪さまは大きく手足を伸ばして、私を守るように包み込んでくれた。

 先を行くだけだった神さまは、ペースを落として私たち人間を待ってくれているような。

 そんな感覚を、心強いと思った。

 神さまに守られている感覚って、こんなにも人を強くしてくれるんだって気持ちになることができた。


「新潟の郷土料理、召し上がってください」


 見守られるって、幸せなことなんだって初めて気づいた。

 両親に見守られてきた十数年が、どんなに安心できる日々だったかということを初めて自覚する。

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